5ちゃんねる ★スマホ版★ ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50  

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

理趣経

1 :名無しさん@京都板じゃないよ:2000/12/27(水) 16:04
この御経はどの宗派でも
唱えてもよいのですか?

2 :名無しさん@京都板じゃないよ:2000/12/28(木) 11:43
age

3 :書いてやれ:2000/12/29(金) 11:30
あげ

4 :名無しさん@京都板じゃないよ:2000/12/31(日) 18:14
age

5 :名無しさん@京都板じゃないよ:2001/01/02(火) 12:28
あげ

6 :名無しさん@京都板じゃないよ:2001/01/03(水) 14:22
やっぱ真言宗以外はマズイっしょ。
ただね、華厳宗や、その他少数の宗派では唱えるみたい。
でもこれも真言宗の影響なんだけど・・・。
天台宗も勉強はするみたいだけど、唱えはしないはず。
こんなのでどう?

7 :>6:2001/01/04(木) 12:04
ウイ
では他の真言系の御経で、
家庭でもどの宗派でもいけるものはありますか?

8 :名無しさん@京都板じゃないよ:2001/01/05(金) 16:25
age

9 :名無しさん@京都板じゃないよ:2001/01/08(月) 14:50
age

10 :名無しさん@京都板じゃないよ:2001/01/09(火) 10:01
6じゃないけど>7
懺悔文・開経偈

般若心経→×浄土真宗・日蓮宗

11 :名無しさん@京都板じゃないよ:2001/01/09(火) 10:11
age

12 :壱門徒:2001/01/12(金) 09:32
>10
別に浄土真宗は、般若心経を禁止しているわけではありません。
ただ、般若心経を唱えるより、南無阿弥陀仏と
唱えるほうが有り難いと教えられているくらいです。
南無阿弥陀仏と唱えたほうが簡易で好まれているようですね、一般的に。

13 :政教分離名無しさん:2001/01/13(土) 21:21
>>12
壱門徒さんはじめまして、お宅は“お西さん”ですか?
浄土真宗は「阿弥陀一仏」といって本来他宗教・宗派の経、儀式は一切行わない祀ら
ないことになっています。
他宗を否定するわけでなく、念仏だけで十分救われるのだから他は余分だから必要
ないというのだそうです。

最近どうも復古傾向が強いようで、
当方では法事・盆の時などに、やれ法名を貰えだの本尊は本山から頂いたものを安置
しろだの、葬式でも清め塩を配らないよう指導があります。
また、神棚・お守りは処分せよと。
菩提寺のご住職よりも東別院の僧侶の方がこういうことにうるさい。

なんか、新興宗教の森蘭会や某学会っぽくて嫌です。別に強制されるわけではあり
ませんが。
なお私も教義にそれほど知識がある訳ではないので、詳しいことは宗教板の渡海難氏
にでも聞いてください。

14 :壱門徒:2001/01/14(日) 12:04
東です。
在家の方にはそのようなきついことはありませんけど。

15 :早起きは:2001/01/14(日) 20:41
一月二日早朝、掃除に行く。
百円玉4枚拾った。十円玉もあったようだが無視した。
ありがたい、ありがたい。

16 :政教分離名無しさん:2001/01/15(月) 23:38
>14
御返事ありがとうございます。
我が家も真宗大谷派の在家ですが、菩提寺の檀家が多くて盆や彼岸の忙しい時などに
東別院の坊さんが応援で墓行等を手伝いに来るのです。
そうした折に>>13のようなことを勧められるのですが、母は我が家の仏壇の荘厳の
仏具や配置が形式と違っていると指摘されて怒っていました。
これはひょっとして本山が積極的に布教を拡大するよう、何か直属の僧侶たちに
ハッパをかけているのではないかと想像してしまいます。
私が某学会から勧誘を受けて困っているときには相談にのってもらえませんでしたが・・・。

17 :壱門徒:2001/01/16(火) 11:19
南無阿弥陀仏に行き着きますものね。
真宗は。

18 :政教分離名無しさん:2001/01/16(火) 12:45
>南無阿弥陀仏に行き着きますものね。

この一神教的教義は特徴的とも言えるかもしれません。
近所の禅宗の家では葬式のとき、近郷の寺からも十人ほどの僧侶が集まって儀式を
行います。
真宗の家では地域、家格にもよるでしょうが葬儀、盆供養等他宗に比べてシンプルで
お布施の相場も安いと思います。

でも地方によっては“オトキ”(漢字知りません)が年中あって大変なのかも?

19 :fushianasan:01/11/17 22:55
テスト

20 :fwisp4-ext-n.docomo.ne.jp:01/11/17 23:03


21 :『皇后陛下のお四国遍路』製作委員会:01/11/19 04:46
 梨酒ってホーンにうまいせ。

22 :地域性でしょ?:01/11/20 00:32
禅が派手なのは納得、真宗がシンプル?葬儀で十人ぐらい来ましたよ、年忌法要でも三人来ました。

23 :『皇后陛下のお四国遍路』製作委員会:01/11/20 02:40
 生前贈、をくのフト未知。

24 :名無しさん@京都板じゃないよ:01/11/20 09:24
>7
舎利礼文はどう?もともとは不空三蔵作と言われるが、
今や多くの宗派で回向に用いられるようだ。
正確には経典ではないが・・・。

25 :名無しさん@京都板じゃないよ:01/12/27 18:42
1周年記念テスト。

26 :名無しさん:02/05/15 03:27
のののの

 ∋oノハヽo∈ 
   ≡´D`)≡   
  o(し  つ    
   (_)_,) Copyright 鬱


27 :お経sage:02/05/17 13:43
菩薩勝慧者 乃至盡生死
恆作衆生利 而不趣涅槃
般若及方便 智度悉加持
諸法及諸有 一切皆清淨
慾等調世間 令得淨除故
有頂及惡趣 調伏盡諸有
如蓮軆本染 不爲垢所染
諸慾性亦然 不染利群生
大慾得清淨 大安樂富饒
三界得自在 能作堅固利


28 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/05/19 11:54
>>27 どっかのコピペだ!晒しあげ!

29 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/05/20 10:51
>>27 の百字げを3遍唱えると、理趣経全体を唱えたのと同じ功徳があると
真言宗では言われているようです。

30 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/06/17 21:21
>29
しかし、実際のところ、百字偈が3回だけじゃ法事にならんだろう。
功徳だけじゃなくって、儀礼として体裁を整えなくちゃってことだな。

31 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/06/18 01:13
天台では、理趣経の代わりに、大般若経の内578巻の「理趣分」を
読みます。研究書によると、密教化した「理趣経」の祖形らしい、とも。
テキスト比較を読みましたが、確かに内容はほぼ一緒。

32 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/06/18 01:35
梵文と比較すると、不空訳ってびみょーに違う。
ま、原本が違うのかもね。
ちなみに理趣の原語nayaって「見方」って意味ね。
仏の見方と、おめーら凡夫の見方は違うんだよってーことだね。


33 :弘法大師:02/06/18 02:39
だから門外不出にしてたんだYO!
興味本位で見るヤシが多すぎる・・・鬱だ詩嚢

34 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/06/18 19:20
いや、その、世間的には興味本位で見られているらしいけど
別にすごいこと書いてあるわけじゃない。
すごいこと書いてあるわけじゃない、っていうのは
内容がつまらないっていう意味じゃなくて
左道タントラみたいなものじゃないってこと。
読まずに勝手に、性的な行法を説いてあるとか
そんなの想像している人って多くないかなあ。

門外不出とかいうから、
逆に変な想像するのかもしれない。
現在では秘密の経典でもなんでもないんだから
いちど、ちゃんとしたの読んでみたらと勧めてみたい。

松長有慶『理趣経』(中公文庫)あたりどうかなあ。
手頃だし。

35 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/06/18 21:30
>>31
今日ちょうど、組寺の大般若転読法要あった。
行ってきた。
ちょうど第578巻の理趣分があたった。
ひまだったから読んでた。
似ていた。







         それだけだ。
         別に深く語ろうってんじゃないんだ。
         期待してたのなら失礼した。

36 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/06/23 19:02
理趣経age

今日、石山寺行ったら、大黒天祀っているところで、
ぼーさんが、理趣経百字偈唱えとった!

思わず、心の中で唱和してもーた。

37 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/06/24 11:09
ほさしょけいしゃ  たいししんせいし
こうさくしゅうせいり  じふしゅでんばん
はんじゃきゅうほうべん  ちとしんかち
しょほうきゅうしょゆう  いっせいかいせいせい
よくとうちょせいかん  れいとくせいちょこ
ゆうでいきゅうあくしゅ  ちょうふくじんしょゆう
じょれんていほんぜん  ふいこうそうぜん
しょよくせいえきぜん  ふぜんりきんせい
たいよくとくせいせい  たいあんらくふうじょう
さんかいとくしさい   のうさけんこうり



38 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/07/11 13:45
>>37
読み方thanks

39 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/07/16 03:13
真言宗以外だと唱える機会はほとんどないでしょう >理趣経

40 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/07/16 03:13
天台寺門宗

41 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/07/16 12:45
たいらきんこうふこうしんじっさんまやけいage

42 :豊前坊:02/07/16 15:29
理趣経について知りたいなら陳舜臣の「曼陀羅の人」を読んでみるべし。ふつうの作家さんとは思えないくらい詳しく書かれてる。

43 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/07/16 22:46
>>40
ほぅ。寺門ではどういう折に?

44 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/07/17 21:35
age
>>43 への答えを待つ。

45 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/07/22 03:21
age

46 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/07/26 01:54
寺門のひとに質問age

47 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/08/03 06:54
じょしがぶーん

48 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/08/03 18:37
>>40
こたえてくれー
寺門に知り合いもいないので。

49 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/08/04 12:31
age

50 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/08/04 12:34
「天台密教の本」だっけか。あの赤い色のよく売れてるシリーズに
書いてあったような気がする。

51 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/08/05 11:25
>>50
「理趣経」と大般若経の「理趣分」は(内容的には重なるが)
違うお経。「理趣経」を天台寺門でどう読んでいるのかが
気になるわけ。

52 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/08/05 18:49
>>50
学研のヤツだな

53 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/08/06 02:20
理趣経って最後に「弘法大師増法楽」という箇所があるし、
この段階で真言宗以外サヨオナラでしょうね。

54 :金剛佛子:02/08/06 12:20
「弘法大師増法楽」のところは経文じゃないので、
法要の趣旨によって変わりますよ。

55 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/08/07 03:00
>>54
そうそう。
あの部分は「回向文」ですからね。

56 :53:02/08/07 04:52
すいません。たとえば他宗の者が理趣経読む時は、
どこまで読めばいいんでしょうか?
最後の数節を教示いただければ大丈夫です。

57 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/08/07 11:11
本尊界会増法楽、過去精霊平等楽?

たいらきんこうふこうしんじっさんまーやーけいぇぃ〜じょしがぶーん、
いっしーふぁきゃふぁんせいしゅうしゅうしょういっせいじょーらい...から

ひぃろしゃあんだーふ〜の合殺まででいいのでは?しらんでー。
無責任あげ。

58 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/08/07 20:52
>>57
多分、合殺(かっさつ)まででいいと思う。
回向文は適宜。

59 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/08/07 21:14
合殺も後世のつけたしです

60 :53:02/08/07 23:39
ありがとうございます。
ヒーローシャーダーフーまでですね(笑)
でもあれも8回も繰り返す意味がわからない・・・。

61 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/08/08 03:05
なんで呉音で読まないの?

62 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/08/08 08:08
秘密だったころの名残。

63 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/08/08 09:41
前のほうに書いてあるけど、大般若の理趣分と内容はそう変わらない訳で、
(実際、真言宗以外の宗派ではこっちを読む)
なぜ、空海や最澄は「理趣経」についてそんなにこだわったのか?

64 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/08/08 21:06
>>63
>大般若の理趣分と内容はそう変わらない

確かに原形は理趣分だけど、あれをそう変わらないと言うかな?

65 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/08/08 22:57
>>61-62
こんなのありますた。

*******宗教板の覚鑁さんスレからコピペ*************

150 :名無しさん@1周年 :02/06/25 18:25
俗説で、何を言っているかわからないように漢音で読経する、と言われますが、
平安時代の読経の正音は漢音だった、というのが正解では。

理趣経の漢音読みには触れていませんが、
清水真澄『読経の世界 能読の誕生』(吉川弘文館)
あたりが、手に入りやすいかな。

天台宗でも、漢音で読経することがあるはずです。

66 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/08/09 04:19
>>57
過去精霊平等楽?
どちらの派なのでしょか?
わたくしところでは過去精霊成正覚なもので。

>>60
8回ではありません、念のため。

67 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/08/09 08:02
>>66
いや単なる間違い。成仏して欲しくないのでは?

そうそう、お経にはそんくらいしか書いてないけど
実際は戻って重複して唱和するもんね。数字がうっ
とるでしょうにね。ってあ、ルビ打ってないか。

そんで、古義と新義(特に豊山派)とは全然読みがちゃう。
ってよまんとこ多い。

68 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/08/09 08:04
>>65
禅家の宋音ちんぷんかんぷん。
心経に至ってはあうと。

69 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/08/20 02:41
>>63
理趣経そのものではなく、不空作の注釈書の貸し借りが
問題になったんでしょ?
つまり密教的な解釈をする註釈を理解するのに、
実践をきちんと積んでいない者には
本意が分からないだろうと。

70 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/08/22 01:09
>>69
なるほど。しかし最澄ほどのひとが、解釈本を読んだからといって
理趣経=(安易な)欲の肯定、ととるとは思えませんがねぇ・・・
>>65
天台でも例時作法の阿弥陀経は漢音で読みますね。

71 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/08/22 15:01
>>70
確かに。
まさにそれが最澄の言い分だったんでしょうね。

ただ空海はそう考えてなかったのでしょう。
不空の孫弟子たる自分を阿闍梨として、
密教修行に専心修行して後、初めて見ることを許される、
いわば奥義書扱いだったのでしょう。

あくまで法華経にこだわり、密教を天台宗の一部門として
吸収しようとした(少なくとも空海にはそう思えた)最澄の
態度に、最高の教えたる純密教を持ち帰ったと言う自負のある
空海は危険を感じたのではないでしょうか。
「このまま密教書を貸し与え続ければ、密教が天台に隷属することになる」と。

72 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/08/22 19:24
>>71
そうだったんでしょうねぇ。
気質の違い、スタンスの違い・・・
空海・真言宗の密教エリートとしての矜持と
最澄・天台の総合性−今もその性格は残っていますね。

73 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/08/22 21:52
前に、天台寺門で理趣経を読むというカキコがあったが、
あれ、答え(レス)あったっけ?


74 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/08/22 22:05
理趣経的
http://www.muzie.co.jp/cgi-bin/artist.cgi?id=a005814

75 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/08/22 22:27
>>74
そうか?
淫祠邪教とか書いてあるが・・・

76 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/08/23 00:22
>>73
ない。
ただしソースはここらしい。
>>50を見よ

77 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/08/23 00:39
てかお経なんて誰がいつ読もうが構わんわけだが。

78 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/08/23 01:48
>>74かっこいい!!!淫祠邪教。

79 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/08/23 14:57
>>76
感謝。いま同書を見てみたが、
「理趣分祈祷法」というのはあるが、「理趣経」については
なにも書いてない。ひょっとして「寺門で読む云々」は、
理趣分=理趣経という誤解か?
ちなみに上記の「理趣分祈祷法」は大般若転読とほぼ重なる。
理趣分:玄奘訳・大般若経578巻−第十 般若理趣分 のこと。
理趣経:不空訳・大楽金剛真実三摩耶経般若波羅蜜多理趣品 のこと。
>>77
たしかに、そりゃそうだが。

80 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/08/23 15:18
>>77
てかお経なんてわしが所かまわず理趣経を口ずさんだったら
変態扱いされた。

81 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/08/23 23:19
>>74
感徳!
いろんな分野で「人物」はいるものだなあ。
理趣経的
http://www.muzie.co.jp/cgi-bin/artist.cgi?id=a005814


82 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/08/25 05:53
>>80
> 所かまわず理趣経を口ずさ(む)
それは「理趣経」だったからか?
それとも単にお経を読んでいて不気味がられたのか?

83 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/08/25 09:43
たぶん両方。いんが催眠安眠効果有。

84 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/08/25 16:35
>>83
昔、理趣経切々経読みで三編読誦したら、喉は枯れるわ、朦朧とするわ
外の雑音が聞こえなくなるわで、癖になり、毎夜神仏に回向していた
記憶がある。度か過ぎるのは良くないね。

85 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/08/25 23:51
>>83
>>80の「変態扱い」−内容がわかってて「変態扱い」したと
したら周りも相当、レベルが高いと思われ。
>>84
何分長いですよね。

86 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/09/28 14:03
今度、東大寺で金剛峯寺の僧衆方が理趣三昧法会をするそうな
だから関連あげ。

87 : :02/10/27 12:47
「弘法大師の法華経」によれば、理趣経は、清浄句を声に出して読むことに功徳があるらしい
人間の根源的な欲を声を出して吐く、スッキリする、清浄句の内容について淡白になれる
よって、菩薩位に達す、まあこんな感じ・・・

88 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/10/27 13:07
「弘法大師の法華経」って、あの電波本か。

89 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/10/27 23:42
待乳山中心に聖天様を信仰している者です。
(本来は聖天スレの住人ですが、お邪魔します)
普段は東京・待乳山(天台宗)の参詣を中心に、
信仰していますが、こんな私も理趣経を唱えていいのでしょうか?
理趣経の漢音読みが、ちょっと癖になっているもので(笑)
ただ「弘法大師増法楽」の部分は、「本尊界会増法楽」あるいは、
「大聖歓喜双身天王増法楽」に変えるべきですよね!?
ご教示いただけたら、幸いです。

90 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/10/28 17:24
歓喜大天増法楽

91 :下痢当たり:02/10/28 18:28
本則に則り「本尊界会増法楽〜」で決め!

92 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/10/29 05:41
文字数が揃わないのは好ましくないのでは?
本尊界会でいいと思うのですが。

私は禅宗で、ナマの理趣経を聴いたことがないのですが、
あれは節にのせて読むのですよね。
聴けるサイト知ってたら教えてください。

93 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/11/04 20:10
>聴けるサイト知ってたら教えてください。

ない。
1分や2分じゃあるまいし。

94 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/11/04 21:10
シンギ真言しらべてみそらし

95 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/11/04 21:52
>>89
「本尊界会増法楽」でいいと思う。
(詳細は真言宗の尊天奉安寺院−妻沼や平井等−訊いては如何?)
が、天台なら、理趣経より大般若理趣分(大般若経578巻)を読むのが
本来だと思う。
>>92
真言宗御室派(仁和寺)の読誦したCDなら出てるぞ。

96 :電波本w:02/11/09 18:01
>>88
電波本の紹介ついでに(笑)、清浄句の読み方を少々詳しく書いてみます。
(大乗仏典は多かれ少なかれ電波本・・・・)
引用は 「弘法大師の法華経2」大倉隆浄 星雲社 です。

             妙    適  清浄──+
             欲    箭  清浄   │
                触     清浄  │
             愛    縛  清浄   │
             一切自在主  清浄  +── 句是菩薩位
                見     清浄  │
             適    悦  清浄   │ 
                愛     清浄  │
                慢     清浄  │
             荘    厳  清浄──+

これらの欲を経典で読み上げることについて、弘法大師は次のように説明した。
「経典の中において(欲を)読み上げることは、人間の欲を肯定した上で発している。発さなければ
 清浄にならない」、また大師は清浄曼荼羅の前で欲を発し清浄にすると図示した。

97 :電波本w:02/11/09 18:19
 
                        これらを清浄にして
                          +─────+   ここに至るという意味である
                          │       │ +────────+
   清浄にする           +──────+  ↓ │           │  
      ↑             │ 妙    適 │  清浄──+         │
      │        人間が │ 欲    箭 │  清浄   │        │
  +──────+ ←───│    触    │  清浄   │        │
  │         │       │ 愛    縛 │  清浄   │        ↓
  │ 清浄曼荼羅 │←─── │ 一切自在主│  清浄   +── 句是菩薩位
  │         │       │    見   │  清浄   │
  +──────+ ←───│ 適    悦 │  清浄   │ 
              欲を発して│    愛    │ 清浄    │
                     │    慢   │  清浄   │
                     │ 荘    厳 │ 清浄──+
                     +──────+

愛欲、物質欲を清浄にして菩薩の位になるということが、本当の意味である・・・・
もちろん愛欲、物質欲も清浄という一面を含まなければいけないが、それは密教の果位ではなく
因位の真理であることを理解せねばならない。

98 :電波本w:02/11/09 18:28

    +─────────────────────+
    │            上求菩提             │
    │  +────+ ←──── +────+  │
    │  │果  位 │         │因  位 │  │
    │  +────+ ────→ +────+  │
    │            下化衆生             │
    +─────────────────────+
                    │    
                    │ 
                    ↓
        密教は果位において因位と同体とする

弘法大師が教えてくれたことを要約すると、「愛欲、物質欲は人間本来の欲という
真実であるが、その欲を清浄にして菩薩の位になるのである」

99 :電波本w:02/11/10 17:48
図解だけだと、何のことだかよく分からないですよね・・・・電波ついでに文章による要約を付記
(同じく 「弘法大師の法華経2」 から)

弘法大師が図示して清浄曼荼羅に欲を発すると清浄になるということはどういうことかと言うと、
密教においては理趣経を読誦するというのも一つの例である。

理趣経は現実世界人間の生まれながらにして持っている本性の欲、愛欲、荘厳にしたい欲、
自慢の欲、その他多くの欲を清浄にし、仏教でいう空にして菩薩にするわけである。

しかし、欲は人間の原動力である。その因位の欲を完全に排しては、密教とはいわないのである。

上に向かう(清浄に向かう)果位の欲を同体としなければならない。人間の生きる原動力を
汚れのない清浄の原動力にすることが、密教の究極といっても過言ではない。

このようなことから、清浄曼荼羅において、経を読めば清浄の欲になるということである。

100 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/11/10 18:14
ここの管理人は議論の為のBBSと主張しているにも関わらず、自らの意見と異なるコメントをすると即刻削除する。
以前は、モラルのある人だと思っていたのだが、非常に残念でならない。
皆様も、是非、一度ご足労願いたい。

http://city.hokkai.or.jp/~katate/board.html




101 :創造、維持、破壊:02/11/10 22:32
爾時一切如來。及持金剛。菩薩摩訶薩。等皆來集會。欲令此法不空無礙速。成就故咸。共稱讚。金剛手言。

善哉善哉大薩捶 善哉善哉大安楽
善哉善哉摩訶衍 善哉善哉大智慧
善能演説此法教 金剛修多羅加持
持此最勝教王者 一切諸魔不能壊
得佛菩薩最勝位 於諸悉地當不久
一切如來及菩薩 共作如是勝説己
爲令持者悉成就 皆大歡喜信受行

般若理趣経

102 :92:02/11/10 23:47
>95
禅宗の寺院関係者ですので、個人的に理趣分はよく真読します。
3〜40分かかりますが、実にありがたくて好きです。
まだ駆け出しで、加持作法の伝授は受けていないので
普通の読経の作法で読みます。
不思議なもので、何度も呼んでいると
自然に暗誦できるようになりますね。
CDは、今度探してみます。
おそらく注文でしょうね。


103 :12に菓子がのお勝手口用心棒。:02/11/11 01:23
 みあけたうこきが「せいせいどうじ」と・・・
こんごー沙ッ汰をまてが「ダイヤモン十ー請ふ」
と・・・1ちやく2ちやく。

104 :理趣三昧:02/11/11 17:53
南山進流の声明をじっくり脳髄まで聞かれるとよいとおもわれ。

また、古義にも多少の揺らぎがあり、真言宗御室派以外に
高野山真言宗や真言宗醍醐派の唱和している理趣経を聞くのも乙。
各宗派のお経CDがポニーキャニオンとかから販売されてるから、
それも参考あれ。

声明としてなら詳しくは
http://www.culta.com/japan/japan/shomyo.html
みれ〜さ。

新義の真言宗豊山派なら声明に力を入れているため、
関東の豊山派の寺院で数年前に声明の大家たる方々が唱和された
のを編纂されたものもよいです。
http://www.bussei.gr.jp/syomyo-shusei/kaitai.html

お奨めは、
ビクターJVC ワールドサウンド
JAPAN SHOMYO Japanese Buddhist Chant of the Sin-gon Sect
日本名:高野山金剛峯寺奥の院/月並御影供
VICG-5353(あこれ廃盤で番号変わってる。VICG-60392だ)

とベルギーで公演したキングレコードから販売されていた
SHOMYO
日本名:中曲理趣三昧
KICC-5721(これなくしちゃった。雑音が途中で耳障り)

を、高野山出版社から販売されている、作法書などの博士
を見て浸るのも乙。切々経、中曲の読誦の違いを聞くのも
乙。心がやがて晴れるでしょう。

105 :エレベータ:02/11/12 13:24
上にあがりまぁす。

106 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/11/21 01:25
理趣経って、先祖供養や除霊には効果ありますか?

107 :ぁぇぁぇ:02/11/21 17:52
先祖供養には効果有るとおもわれ。

効能:
 諸仏諸菩薩諸明王諸天善神本尊の法を増すときにどうぞ。
 日本中大小神祇当所鎮守の威光を増すときにどうぞ。
 伽藍を安穏し正しく興すときの供養にどうぞ。
 息災と延命、善い願いなどの祈願成就にどうぞ。
 他人と自分が仏法に成じ利益を得ることを願うときにどうぞ。
 過去の聖霊の追善回向し互いに覚れる事を願うときにどうぞ。

エトセトラえとせとら。どう?

108 :ぁぇぁぇ:02/11/21 17:58
過去の聖霊は、先祖も霊も含まれるから理趣経おおいに逝ってよし!

ちなみに除霊は除く霊と書き、こう言うのは仏の教えでは望ましくないので
お互い覚り正しき道に歩みましょうと、だから他人(霊)を供養すれば自分に
もめぐり巡って覚ることがいずれくるということ、回向の趣旨だ。

過去聖霊成正覚 ああ理趣経マンセー!

109 :南々:02/11/21 20:41
意味 内容に興味があれば、松長有慶著の「秘密の庫を開く」を読むと良いでしょう。それから、「経は暗誦すれども見て訓む」のが基本です まぁ慣れれば寝ながらでも声は出ちゃいますけど…

110 :ぁぇぁぇ:02/11/21 22:35
漏れの所には、『理趣経の研究―栂尾祥雲全集X』がありますが何か?

111 :電波本w:02/11/22 00:16
前掲の図解で「清浄曼荼羅」というのが登場しましたが、これは「般若理趣釈」を典拠として
いるとのことです。(「弘法大師の法華経2」)
「理趣釈」を典拠にした曼荼羅には、過去に宗叡の観照曼荼羅、補陀洛版の観照曼荼羅が
あったのですが、どうもこの二つの版は核心をついていない、というか、これまで「理趣釈」の
記述が曖昧だったため効力ある曼荼羅が完成できなかったようなのです。
そこで「清浄曼荼羅」が新たに作成された・・・・
「宗叡の観照曼荼羅」の座位は・・・

    華        豚形         燈

          鬘 金剛語 歌

   蛇形 金剛利 観自在 金剛因  蓮華

          喜 金剛法 舞

    香       女人形         塗

となっています。「清浄曼荼羅」は基本的に、この曼荼羅の座位を踏襲しています。
清浄曼荼羅の典拠は弘法大師の「法華経解題」、「般若理趣釈」、「理趣経」です。
「理趣経」と「曼荼羅」の関連は・・・

理趣経「第四段」全体・・・観自在菩薩(曼荼羅の主尊)
 「世間一切欲清浄故即一切シン(いかり)清浄」・・・金剛法菩薩
 「世間一切垢清浄故即一切罪清浄」・・・金剛利菩薩
 「世間一切法清浄故即一切有情清浄」・・・金剛因菩薩
 「世間一切智智清浄故即般若波羅蜜多清浄」・・・金剛語菩薩
 内外八供養は「理趣釈」に典拠あり

著者は弘法大師に伺って(護摩による交霊によって)書いたと記していますが(だから「電波本w」)、
べつに著者なりの見解と受け取ればいいでしょう。というより、説得力の有無が問題です。
ところで、問題は、曼荼羅の「主尊」にあるようです・・・・・・

112 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/11/22 10:32
>>110
持っていることと、理解できるということは異なります。
ぁぇぁぇ さんのレベルに向いていると思われるものを紹介したのです。
お釈迦さまも、時により人により、対象のレベルを考慮してお話を
なさっていらっしゃいます。


113 :ぁぇぁぇ:02/11/22 11:49
>112

松長有慶著の「秘密の庫を開く」も持っていますが何か?


114 :ぁぇぁぇ:02/11/22 11:53
ついでに「弘法大師の法華経」・「弘法大師の法華経2」 も
持っていますが何か?
本棚の埃にまみれていますが何か?コミックの上に置かれていますが
何か?経本、作法書、次第書が無造作に置かれていますが何か?
そんでもって頭に全然定着していませんが何か?

前出の栂尾祥雲全集は枕代わりにしていますが何か?

ああ、あふぉだ!

115 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/11/22 13:23

古本屋さんだったのか・・・。


116 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/11/22 16:20
仏教関連資料を多く持っているということと、
その当人の仏教に対する知識・理解度が高いかということ、また、
その当人の精神・思いが仏教的か、とは直接の関係はないということか。
あたりまえの話か。

しかし、いかに不憫な性格の人といえども見捨ててはいけない。
般若及方便智度悉加持諸法及諸有一切皆清浄


117 :ぁぇぁぇ:02/11/22 17:45
ふぁんじゃーきゅうほうべんちぃどしっかぁちーしょほうきゅしょうゆういっせいかいせいせい?

ああありがたやありがたや善哉善哉。

118 :あげ厨:02/11/22 22:52
文政堂発行の那須政隆著「理趣経達意」と言う本はいかが?
智山の方が書かれたので古義の方は嫌がるかも知れないが。

古義なら醍醐派の方が書かれたものが短くまとめられたものがあったが三宝院で配布していたような…

平易に単に読み下したものなら東京美術の理趣経のほうが解りやすいかも。

色々探して読み倣うも良いが、自己解釈によるあやまった
方向に行くより、やはり良き師より伝授してもらうことをすすめます。

119 :ぁぇぁぇ:02/11/22 23:02
だーかーらー持ってるって。挫折したけど。
新義新義ってゆうなら宮坂管長猊下と福田師著の理趣経も読めや!

120 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/11/22 23:53
堀内寛仁「理趣経の話」(高野山大学出版部)も捨てがたい。
おまけの小冊子2冊が得した気分。
神田の東陽堂で手に入る。(と思うよ)


121 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/11/23 10:04
>>120
東陽堂って本の後ろのページに「東陽堂」ってシール貼ってない?
あれ剥がしにくいんだよね。人が買う本にこんなこと止めろよ!


122 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

123 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

124 :電波本w・・・1:02/11/23 16:39
「清浄曼荼羅」の主尊は何か? 端折って言うと、「胎蔵界蓮華院聖観自在菩薩」だそうです。
理趣経は金剛頂経なんですけどね。主尊を胎蔵界の観音菩薩にしろ、とはどこにも書いて
いないそうです。

あぁ、一言申し上げておきますけど、曼荼羅は「弘法大師の法華経2・3」の表紙の扉に付属
しています。(興味があれば立ち読みでもいいんじゃないでしょうかw)

曼荼羅の観想法というか、拝み方は弘法大師の「法華経開題」(重円性海)に書かれていますね。

雰囲気を掴むために、ちょっと長いですけど引用してみましょう。
出典は「弘法大師 空海全集 第三巻」(筑摩書房)の「法華経開題(重円性海)」(口語訳)です。

125 :電波本w・・・2:02/11/23 16:57
 あるときに、修行者自らが曼荼羅に住して、本尊の観想を行い、心に聖なる仏たちが
整列して取り囲んでいると観想する。四字からなる真言(注:四字明 ジャク、ウン、バン、
コクの四つの種字真言。人を仏道に招き、引き入れ、とどめ、喜ばすという)で、それらを
導き入れ、各尊の中心的真言を唱えて、四種類の清らかな正しいさとりの深い教えを
(法、利、因、語かな?)、読み保ち、曼荼羅の四方の一つ一つの門から入ると観じて、
真理の世界をめぐり、めぐり終われば、もう一度繰り返せ。唯一なるさとりの世界が
現れて、自分と他人の区別もなくなるのである。

 あるときは、自分自身(こちら)に、梵字キリク字を瞑想するがよい。その字が八枚の
花弁を持った蓮華にかわり、その中央に、金剛法菩薩を想起せよ。八枚の花弁の上には、
八体の仏を想い浮かよ。(胎蔵界八大中葉かな?)

 あるときは、他人の身体(あちら)の中に梵字ウン字を観想せよ。その吽字が、五つの
先を持った金剛杵となり、その中央部の握り手には、金剛界の十六菩薩を思い浮かべよ。
自らの金剛杵と、かの蓮華が二つ合体したならば、それによって象徴される修行と智慧が
止揚されることになる。

126 :電波本w・・・3:02/11/23 17:08
 したがって、ユガ密教経典の広品ともいうべき『般若理趣経』の中では、深い意趣でもって
(→清浄句の読み方を思い出してね)、男女二根があい交わり、五つの感官の対象その
ものが偉大なる仏の所作をなすと説いている。
 
 この境地に従って、あらゆる如来に供養するならば、迷いの心から生じるところの
煩悩が、早くなくなってしまい、速やかに本来的に清らかなさとりの世界を実現することが
できるのである。
 
 このような理由で、観自在菩薩は、手に蓮華の花を持ち、あらゆる生きとし生けるものの
身体の中に存在している如来の可能性の本来清らかな光明は、あらゆる迷いの汚れに
染められることはないと観察したもうた。観自在菩薩の加護によって、垢穢を離れた
清らかさを体得して、聖者の位に到のである。

・・・・・・・・・引用、おわり

127 :電波本w・・・4:02/11/23 23:15
キリク字は理趣経では第四段観自在菩薩の種字ですね。
キリク字の字義を「弘法大師の法華経3」では次のようの書いています。
(ウン字は初段金剛サッタ、第三段降三世、第八段転法輪、第十一段普賢の種字ですが、
これは弘法大師の「吽字義」あたりを読むしかありませんね、非常に多義的です)

「・・・清浄の境地を種字化して説いている『理趣釈』の文を図で示すと、

  キリク───カ(可)  一切欲清浄 金剛法菩薩
       │─ラ(羅)  一切垢清浄 金剛利菩薩
       │─イ(伊)  一切法清浄 金剛因菩薩
       │─アク(悪) 一切智智清浄 金剛語菩薩

キリク字は無量寿如来(阿弥陀如来)の種字であるが、『理趣釈』からすると観自在
菩薩にもなるのである。キリク字を分解すると四種の字になる。つまり、四種の字の
総体がキリク字ということである。
 清浄曼荼羅は四種の構成によって四種清浄を表している。・・・・・・・」

128 :電波本w・・・5:02/11/23 23:39
清浄曼荼羅の主尊は結果として胎蔵界の蓮華部聖観自在菩薩となったのですが、
これは、弘法大師の指示?によるためだそうです。
法、利、因、語の四菩薩は金剛界成身会法部の四菩薩です。
つまり、
          金

      金   胎   金
     
          金

と、金胎ミックスの曼荼羅になっています。
宗叡、補陀洛版の観照曼荼羅の欠陥は、弘法大師によれば「宇宙との一体化」がない!
というものです。
逆に言えば、主尊が胎の観音になることで、曼荼羅が「宇宙との一体化」を図れると
いうものでした。

129 :電波本w・・・6:02/11/23 23:52
胎蔵界と金剛界の関係についてですが、これについて「弘法大師の法華経3」より
引用します。

「ここで一つ弘法大師の仏身観と曼荼羅について考えてみよう。ビルシャナ仏・大日
如来には理法身の大日如来と智法身の大日如来がある。理智二法身の二種である。
真如の理と、これを理解し悟る智慧の関係を理智という。
 理智二法身の関係とは観るもの(智)と観られるもの(理)のことである。この理智の
説明は一般大乗仏教に通じる解釈のしかたであるが、密教の理智とは胎蔵界を理、
金剛界を智とする。理は平等、智は差別(区別の意)を表す。胎蔵界(理)と金剛界(智)の
関係を理智不二、あるいは而二不二としている。・・・・・」

130 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/11/24 13:58
フッ若い!!若すぎる

131 :電波本w・・・7:02/11/24 20:47
弘法大師は「秘密曼荼羅十住心論 八巻 一道無為住心」と「法華経開題」で観自在菩薩を
説いていますね。まあ、他にもいろいろあるのでしょうけど、読んでいないのでw

「十住心論 八巻 一道無為住心」は天台宗の顕教の論旨を述べていて、後ろの方で
法華経の密教的な解釈を付している。
天台の顕教は「止観」ですけど、私はこの方面に暗いので何もいえません。しかし、
あの法華経からどうやって一念三千とかの思想が生まれるんでしょうかね・・・?
まあ、これは理趣経とはあまり関連はなさそうですけど。

弘法大師は「一道無為住心」の密意を観自在菩薩のさとりの境地だと述べている。
その本質は清浄心だと指摘しています。
貪ジン痴の三毒、欲界・色界・無色界の三界、身口意の三業、声聞・縁覚・菩薩の三乗を
離れ、塵垢を清浄にしてさとりの境地に至る、これが観自在菩薩の働きだとしている。
そして弘法大師は、ここで理趣経第四段観自在菩薩の内証を援用している・・・

ところで弘法大師は、「法華経開題」で「金剛頂経」を援用して観自在菩薩と阿弥陀仏の
同体化を述べています。これは、理趣経の読誦の功徳に大いに関係があるらしいのです。

ちょっと、引用してみます。

132 :電波本w・・・8:02/11/24 21:03
以下、「弘法大師の法華経2」より引用

 金剛界曼荼羅の法部の無量寿が観音に変わった曼荼羅が清浄の曼荼羅である。
その清浄について弘法大師は次のように述べている。
「『金剛頂経』によらば、また人の名をあぐ。妙法蓮華とは、これすなわち観自在王
(阿弥陀)の密号なり。すなわちこの仏を無量寿(阿弥陀如来)と名づく。もし浄妙国土
においては成仏の身を現じ、雑染五濁の世界に住せばすなわち観自在菩薩(観音
菩薩)たり。」(法華経開題)
 弘法大師は、妙法蓮華の言葉を仏身化し、観自在王(阿弥陀如来)と観自在菩薩
(観音菩薩)とし、阿弥陀如来も観音菩薩も同体としているのである。同体であるが、
清らかで妙なる浄妙の国土の成仏では阿弥陀如来、汚れたこの世の現実世界の
清浄では観音菩薩となるのである。即ちこの現実世界を清浄にするのは観音の
働きが必要であるということである。・・・・・ 

133 :電波本w・・・9:02/11/24 21:18
清浄曼荼羅の功徳について以下引用(「弘法大師の法華経2」)

 観音を本尊としているが、清浄曼荼羅は弘法大師が説くように、阿弥陀如来と同体である
ため、死者の清浄にも功徳があるのである。なぜ、観音と阿弥陀如来が同体かというと、
観自在王という仏は無量寿如来(阿弥陀如来)の異称である。理趣釈では自性清浄如来と
同体とする。観音と自性清浄如来の結びつきから観音と阿弥陀を同体としてもおかしく
ないのである。
 このような構造になっているから清浄曼荼羅はあの世の成仏、この世の罪障消滅、
諸悪業消滅、悪因縁消滅、悪因果消滅などの清浄のための曼荼羅と言えるのである。

しかし、死者の供養には弘法大師は次のように警告を発しています。以下引用。

・・・そこであの世の清浄成仏について弘法大師に問うた。
問 清浄曼荼羅の功徳とは。死者に対しての功徳とは。
答 (弘法大師) 現実世界の人間、死者すべてを清浄にする曼荼羅である。しかし、
死者に対しても効くということを記すと霊界の供養にはしる傾向があるため気を付けたい。
なぜ気をつけなければいけないかというと、霊媒師、霊感商法が死者供養という名に
走るのである。「清浄とは業を流し、正しい(清い)功徳を得るのが大事である」
弘法大師は強く「業をもった功徳は、本当の功徳ではない」と述べた。・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・引用、終わり

134 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/11/25 11:35
大乗仏典は良くも悪くも電波本というのはたしかにそうかもしれないが
長い歴史の中で、フィルターにかけられてきた部分はあるとおもうが、
今現在刊行されている図書は、まだその、衆生の無意識というフィルター
にかかってないだけに判断が難しい気がする。よーするに時間が経てば
ショウモナイ本は淘汰されるんじゃないのかってことなんだけど、
この本はどうだろう。真言宗系の電波本って、大抵呪術に特化する傾向
あるような気がするけど、これは今までに無い本当の曼荼羅をつくるという
なかなか電波でも気合が入った本ではあるな。学術的に誰か真面目に批判して
見ればまたおもしろいんだろうけど、そこまでは誰も手間かけないだろうなあ・・


135 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/11/25 11:40
ところで、引用者よ。

> 弘法大師は、「法華経開題」で「金剛頂経」を援用して観自在菩薩と阿弥陀仏の
> 同体化を述べています。これは、理趣経の読誦の功徳に大いに関係があるらしいのです。

ってことで本分を引用しているが、きみが引用した本文では著者が大師の言葉に託して
弥陀と観音の同体を主張し、又その故に自身の建立する清浄曼荼羅に清浄の功徳、現世
への存在意義があるということを証明しようとしている、というのはわかる。
しかしきみが言うように「理趣経の読誦の功徳に大いに関係」という部分は、引用文のなか
から理解することは出来ない。引用箇所をまちがってないか?

136 :電波本w・・・10:02/11/25 20:20
ご指摘ありがとう。たしかに、私が理趣経の読誦の功徳があるらしいといってから、
引用していたのは、清浄曼荼羅自体の功徳についてであった。ミスリードして申し訳ない。
お詫びする。
より正確に表現するならば、「清浄曼荼羅の前」で理趣経を読誦するならば・・・ということで
あった。
清浄曼荼羅の功徳は前掲の通りらしいが、密教の三密の教理からして、曼荼羅をただ
観賞していれば良いとはならないはずだ。曼荼羅の功徳を引き出すには、当然、曼荼羅を
前にして、何らかの実践が必要なのは分かると思う。
弘法大師が十七清浄句の読みでも、指示した構図は清浄曼荼羅に対して声を「発す」と
なっている。

  清浄にする           +──────+  
      ↑             │ 妙    適 │
      │        人間が │ 欲    箭 │
  +──────+ ←───│    触    │
  │         │       │ 愛    縛 │
  │ 清浄曼荼羅 │←─── │ 一切自在主│ 
  │         │       │    見   │ 
  +──────+ ←───│ 適    悦 │  
              欲を発して│    愛    │
                     │    慢   │ 
                     │ 荘    厳 │ 
                     +──────+




   




137 :電波本w・・・11:02/11/25 20:24
しかし、「弘法大師の法華経1・2・3」の中では、明示的に清浄曼荼羅の前で理趣経を
読めとは書かれていない。しかし、清浄曼荼羅が理趣経の解釈経典「般若理趣釈」を
ベースにしていること考えるならば、理趣経の読誦は当然の前提とされていると思われる。
それを示唆している記述は、多くある。
「弘法大師の法華経」は「清浄曼荼羅」の前で何を読めといっているのか、また、理趣経の
読誦についてはどうなっているのか。引用してみる。

(「弘法大師の法華経」の著者は、生前の弘法大師が著わした著書の言説を指す場合も、
「霊告」による大師の指示も、どちらも「大師はいっている」と表記しているので注意が
必要だ。まあ、こんな限られた引用では何がなんだか分からないと思うが、私も引用する
際、「霊告」部分には(霊告)と表記する。)

138 :電波本w・・・12:02/11/25 20:37
まずは、清浄曼荼羅の前で、何を唱えるかを明示的に記している部分を引用・・・

「弘法大師の法華経2」より

 この曼荼羅の前でとなえるのは真言題目と光明真言が基本で、その他には各自が
持っている仏を中国訳の漢音ではなく、釈迦の国インドの原本にあるインド語の真言で
唱えてくれれば真のご利益の功徳は増大するのである。
 弘法大師に注意されたことだが(霊告)、真言題目は オム サダルマブンタリカ ソタラン
ではなく オム サダルマブンタリカ と唱えるようにとのことであった。
 南無については文法的に妥当なのは ノウボウ(南無)であるが、これも弘法大師から
ノウボウ でなく オム とするように言われた。ソタラン(経)を外せば妙法蓮華となる。
それに オム を付けるという形になる。このことに関して、確認するために法華経開題を
見てみると、次のように説かれていた。
「妙法蓮華とは、これすなわち観自在王の密号なり」と名字化している。即ち仏身化に
して名詞化しているとも言える。題目を名詞化の仏身化にして法身説法化しているのである。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・引用、終わり

この部分では、光明真言と真言題目 オム サダルマブンタリカ(南無 妙法蓮華)を
唱えろと記している。 

139 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/11/25 20:43
【タイーホ祭り】
裏サイトをハックした厨房(コテハン)が
サイトを晒し業者から逮捕者がでた。
しかし、サイトをハックした厨房にも
逮捕の危機が!!見逃すな!!
記念カキコは今だーーー
【前スレ】
http://okazu.bbspink.com/test/read.cgi/ascii/1037636898/
【祭りスレ】
http://okazu.bbspink.com/test/read.cgi/ascii/1038220622/
【削除依頼】
http://qb.2ch.net/test/read.cgi/saku2ch/1028201559/64-


140 :電波本w・・・13:02/11/25 20:58
次に、清浄曼荼羅の前で理趣経を読誦するべし、と示唆していると思われる部分を引用・・・

「弘法大師の法華経2」より

(十七清浄句の読みついての指示の後)・・・弘法大師は、理趣経典にとかれている欲を
読み上げることは、欲を発していることである、そうでなければ清浄にならないと教えて
くれた(霊告)。キリスト教のことはあまり深く知らないが、懺悔は告白することと同じように
思える。・・・・
 欲を表に出してそれを声をだして発さなければ清浄にならないということは、三密の身・
口・意の口である。即ち読経することによって業が流れるということである。浄土宗は
死者を清浄にして成仏させるために阿弥陀如来などを読むが、密教はこの世の現実
世界の衆生済度(済世利人)という利他が主である。浄土教は涅槃そのものであるが、
密教はこの世の利他のための無住処涅槃である。仏教において人助けの主なものは、
穢れの清浄である。己の穢れとは欲である。その穢れを認識しなければならない。
そこで告白となるのである。仏教でいうと読経である。
 密教は現実の汚れの清浄を流すために欲肯定を告発するのである。浄土教はあの世
の不成仏霊の不浄を荘厳の清浄にするため、阿弥陀の荘厳のことを多く読むのである。
このような意味であることが分かれば、弘法大師の欲を肯定した上で発せねば、清浄に
ならないという意味(霊告)が少し理解できたと思う。
 

141 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/11/25 21:32
「弘法大師の法華経」
確かに著者が麻原なみの電波本だな。

142 :電波本w・・・14:02/11/25 22:05
引用続き・・・「弘法大師の法華経3」より

 初段の十七清浄句について悟り、実行して、清浄の仏果を得るにはどうすればよいのか。
二段は悟りに関する智慧を説いている。次の三段、四段が清浄にする為の実行について
説かれている。十七清浄句の果境位である菩薩に達するには清浄にしなければいけない。
そこで弘法大師に清浄実行の為に三段、四段について質問した。
 三段は降三世、四段は観自在菩薩である。清浄に関して二種の仏が登場するのである。
三段の降三世は明王で怒りの尊である。貪ジン痴の三毒を調伏して断じるのである。
四段の観自在菩薩は毒を包み込み浄化するのである。清浄において父(降三世明王)の
ように怒り悪を滅す方法と、母(観音)のようにやさしく浄化する方法の二種がある。


143 :電波本w・・・15:02/11/25 22:14
 弘法大師に三段(降三世)、四段(観音)について問うた。

問 三段(降三世)は浄化する方法か?
答 (弘法大師) 浄化する方法である。四段(観音)は欲を(清浄曼荼羅に)発して
清浄にして菩薩に至る。「菩薩の心に至る。」

弘法大師は「菩薩の心に至る」と示して、
「自分が菩薩になるわけではない。その境地、心に至るということである。これを人々は
間違って解釈している。」と強調して説明してくれた。・・・

弘法大師に確認のため三段と四段の清浄の違いについて質問した。

問 三段(降三世)、四段(観音)の清浄の違いは?
答 (三段について)もってはならない欲を清め通常の欲に戻す。
答 (四段について)欲を発して菩薩の境地に到達させる。

問 欲を発すれば(読誦)、なぜ清浄になるか?
答 欲は発さなければ清浄にならない。欲はすなわち業である。
弘法大師のこの答えは納得しにくいが、修業体験者はすぐに理解できるはずである。・・・

問 色即是空、空即是色とは>
答 「発すれば無くなり、無くなれば発する。」ということである。
弘法大師のこの答えで「欲は発さなければ清浄にならない。欲はすなわち業である。」と
いう言葉を理解されたと思う。

・・・・・・・・・・・・・・・・引用、終わり

144 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/11/25 23:41
このスレにもダナーマン来訪マンセー!

145 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/11/28 00:52
うーん。この引用者の台詞、大乗経典なんてもともと電波ってやつが
なかなか新鮮だったので、いま自分のアイデンティティが揺らいでいるような(笑)

実は俺、この本の著者と直接話しとか論争(ってほどでもないが)とかしたことがあるんだけど
もーまさしく電波ちゅうか、最終的には「・・と大師が言われた」というところが
根拠になってくるので、(かなり大乗経典も自己流に勉強はしていた様子だが)
議論としては成立しなかった。以来、ちょっと引きめのスタンスというか、あんまり
興味深く扱うべきホンとも思ってなかったんだが、まーたしかに大乗経典は、インスピレーションに
よって記述されたとしか思えないものも多くあるわけで。あんまり学問的なことは難しく
考えずに、いわゆる電波本も読んでみてもいいかなって気になってきた。
どうせダメなら自然淘汰ってことになるんだろうしね。でも引用文をみるかぎり、
電波が電波で終始するのではなくて(フルオリジナルってことね)
既存の経典や曼荼羅の適用や解釈をインスピレーションで補ってるってスタンスな
わけね。いってる事にもしかしたら彼なりの正当性があるのかもしれないが、それにしても
日本語が所々意味不明なのだけはちょっとな。ま、あとは読んでみてから判断、っちゅうことか

146 :電波本w・・・16 ◆c67jyZa4xw :02/11/30 22:45
>>145
私は、「弘法大師の法華経1」が書店に並んだ時、弘法大師と法華経の組み合わせの
ミスマッチ感にとらわれて、本を手にしました。当時は、星雲社というところではなく、
現代書林というところから出ていたんですが、「弘法大師の法華経2」が出たときに
版元が変わったみたいですね。まあ、内容が内容ですから圧力がかかったのかも・・・w

理趣経というスレの趣旨からは少し離れてしまいますが、少々この件についてカキコします。

現代書林版の「弘法大師の法華経」では、奥付に連絡先の電話番号が載っていました。
星雲社版ではFAX番号のみとなってしましましたが。「弘法大師の法華経1」は、法華経の
解釈がかなり綿密に論証されているんですけど、後半部分に弘法大師の霊告や著者の
神秘体験が記されていたんですね。それで、こんなことを書くお坊さんって、どんな人かと
思って電話をかけたんですよ。(「弘法大師の法華経1」では、まだ清浄曼荼羅は出てきて
いませんでした。)電話をしたのは、1998年ですね。
電話をしたら携帯電話でして、著者はファミレスにいらっしゃいました。
話の内容は、既成のお寺の批判や、著書に記されていない霊告についてでした。
それから、著者は私の住んでいる場所に、少し関心があるようでしたね。著書の中でも
人の住む場所は、その人の業によって決まる、というようなことを書いていましたから。
(まあ、神奈川県だったので少しこだわったのかなw)

147 :電波本w・・・17 ◆c67jyZa4xw :02/11/30 23:32
それから著者は、講話の要請があればお受けしますよ、というようなことも話していました。
電話はそれで終わりました。
現代書林版では、奥付の連絡先が「真言題目宗(真言法華宗)」となっていました。おそらく、
著者は、弘法大師の法華経解釈に則って、凄い意気込みで単立化を企図していたのかも
しれません。まあ、これでは色々誤解を生じるでしょうから、「弘法大師の法華経2・3」では
「真言法華の会」と改称していましたが。
その後、「弘法大師の法華経2・3」が出るに及んで、私は、これは大変な内容になって
いると少々驚いたんですよ。まあ、話半分に受け取らなければ、いけないんでしょうけどね・・・

「2・3」が出た当初は、なんか興味本位の部分を流し読みしていたんですが、去年の春に
ふと思い立って、「弘法大師の法華経1・2・3」を読み返し、「弘法大師の法華経3」に挿入
されている清浄曼荼羅のコピーに向かって理趣経と真言を唱えてみたんですよ。
そうしたら、清浄曼荼羅に「エッ!」っていう現象が起こりました。それは、実際にやってみれば
分かると思うので、ここにはカキコしませんが、専門家にとってはちょっとしたことであるにしろ、
真言宗の壇信徒でもない、一般の読者である私には、十分な驚きでした。

というのが、私のこの著書との関わりの概略なんですけれども、そこで>>145さん、もし差し
支えなければ、どんな経緯で著者と出会ったのか等々、出来る範囲で情報などを頂け
ませんでしょうか・・・
著者に実際にあってみたいので、何かきっかけとなる情報を入手したいと願って
おりましたものでして m( )m・・・。(著者の電話番号はすでに無効となっております)
カキコしていただければ、それに越したことはないのですが、プライベートなことがオープン
になってしまうのがまずいようでしたら、メールで情報をいただけるとありがたいです。
不躾なお願い、ご容赦くださいませ。
(メール欄にアドレス記入しておきます、それから悪戯は勘弁してね・・・)
それから、私事につきカキコしたこと、このスレの皆さんにお詫びいたします・・・。

148 ::02/11/30 23:35
せんざ〜い〜い〜、せんざぁ〜あ、い〜。

149 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/11/30 23:51
「弘法大師の法華経」スレを別に立てれば?

150 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/01/08 23:03
あげ

54 KB
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

★スマホ版★ 掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50

read.cgi ver 05.04.00 2017/10/04 Walang Kapalit ★
FOX ★ DSO(Dynamic Shared Object)