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仏像は宗教?それとも芸術?

1 :重要無銘文化剤:01/10/28 02:07
奈良の大仏を見にいって、ちゃんと手を合わせている?
「見にいく」と言う行為が既に宗教ではないけどな。

2 :名無しさん@京都板じゃないよ:01/10/28 02:28
私は周りが手を合わせている雰囲気なら、手を合わせてます。
でも私が行っていた大学では、美術史の授業で彫刻と言う意味で仏像を
勉強していたから、
美術って言う見方で仏像は研究されていると思います。

3 :名無しさん@京都板じゃないよ:01/10/28 03:18
なぜ宗教と芸術を別けるの????
仏像は仏教思想をもとにした宗教の造作物そのものでしょ。その行為
自体は、オウムのサティアン内に作られたシヴァ神の像と同じ。
芸術かどうかなど、見る人がその中に芸術性を感じればそう思えば
いいことだし、単なる偶像としか感じなければそう思っていれば
いいだけのこと。
1も2も戦後の日本人特有の宗教への変な思い込みがあるようだけど、
意識をするならちゃんと宗教を学んでから発言してね。

4 :名無しさん@京都板じゃないよ:01/10/28 03:37
<3
仏像だって、鎌倉時代とかには仏師が職人として、
宗教の創造物というよりも、
他の仏師よりも仏像の形や動きや衣の流れを、素晴らしくしようなどと
考えて製作したのだから、信仰心のみで製作したオウムのとは違うと思います。
製作を仏師に依頼した人物だって、勿論仏教の信仰心もあったのでしょうが、
当時の権力とも大きく関わっていたのですし。
だから私は、仏像とは構造やデザインや仏師の歴史から見て、美術の観点からも
見れると言っているのです。
ちなみに変な思い込みとおっしゃいましたが、私は寺の娘です。

5 :重要無銘文化剤:01/10/28 08:11
>>3
意味不明。っていうか、支離滅裂。
宗教を勉強する前に日本語を勉強しろよ。

俺が久しぶりに立てたスレだ。盛り下げるな(笑

6 :名無しさん@京都板じゃないよ:01/10/28 08:23
だいぶ前に仏教美術展みたいなのに言った時、展示物の前で静かに合掌
しながら見ている老夫婦を見たことがあります。単なる展示物ではなく
信仰の対象として見られていたその方の姿が妙に新鮮で、印象的でした。

7 :名無しさん@京都板じゃないよ:01/10/28 08:33
>3はアレフ信者

8 :重要無銘文化剤:01/10/28 08:45
>>2
さっそくレスありがとう。

そもそも俺がこのスレを立てたきっかけだけど。
昨日、東京都美術館に「聖徳太子展」行ったんだよね。
そこで中宮寺「弥勒菩薩半跏像」を近くから拝観できた。
素晴らしい仏像だった。感動した。しばらくそこにたたずんだ。
で、表に出てから考えた。合掌したか? しなかった。
俺がいる間、合掌している人は誰一人いなかった。
最高の芸術品としてみんな眺めてるんだなと思ったわけ。
で、ここの住人の考えを聞かせてもらおうとね。

9 :元仏具屋:01/10/28 08:51
自分の見る限り、仏像が芸術性を持ってたのは江戸初期までみたい。
その後は、やれ目と鼻の間隔はこの比率だとか、頭と胴体の比率はどうだとか・・。
マニュアルができてきて、ノミを使う技術さえあればだれでも造れる工業製品になった。
自分が仏具屋時代、お客さん(寺の住職)から、「もっと自然な物語性のある格好をした仏さんを造りたい」
みたいな要望があっても、それを仏師の方にもっていくと「そんなの邪道だ。その和尚は何も分かってない」と一蹴されました。
だから、どんどん仏さんが遠い存在になっていくのに。。。
仏さんだって(実在したかどうかはともかく)それぞれの物語の中を生きていて、
活き活きと活躍してたのに、それがいざ、具象化しようとすると目と鼻の比率だの手にもった道具はこれだとか。
なんともつまらないものになってしまったと思う。
自分に芸術のセンスがあったなら、もっと躍動感と物語性のある仏さんを彫って(或いは絵に描いて)
「沈香も焚かず、屁もこかず」な今の仏像を放逐してしまいたいと思ってるくらい。
だけど、自分には無理臭いので、それに気付いて造ってくれる仏師さんの登場を待ってます。
ちと電波入ったかも。。逝ってくる・・。

10 :重要無銘文化剤:01/10/28 08:58
>>6
似たような経験は俺にもあるよ。
以前やはり都美術館で開催していた「鑑真和上展」。
鑑真像を直近で拝める機会はそうないからね。
老夫婦が合掌していたね。いい光景だった。

11 :重要無銘文化剤:01/10/28 09:15
>>元仏具屋さん
おお、いろいろ気苦労も多いようですな。
業界?の話題も大歓迎。

12 :名無しさん@京都板じゃないよ:01/10/28 20:14
まあ、副島弘道著「仏像に会いに行こう」東京美術 でも読んでみることだな。

> 学校や会社の面接試験でも、信仰を尋ねてはいけなくなった。墓参りにも行
> かない。仏像に会いに行くためだけに寺に行く、という不信心な人も、拝む
> 人々によって仏像が守られてきたことを知り、そのことに充分な敬意をはら
> えば、今は信仰のあるなしをこえて、仏像に会うことが許されている時代だ
> ろう。

13 :名無しさん@京都板じゃないよ:01/10/28 20:20
>>8
そんなことより聞いてくれよ。東京都美術館のまわりはなんであんなにホーム
レスだらけなんだ。周囲360度、青いテントだらけだ。まるで難民キャンプ
に紛れ込んだかと思ったよ。キリスト教系の救援組織が「炊き出し」をやって
無料で食料を配布しているからだろうな。炊き出しがないときは、弁当を配っ
ているよ。俺もチョット腹が減っていたから、並んで弁当をもらおうかと、
チョット思ったりもしたよ。

14 :名無しさん@京都板じゃないよ:01/10/28 20:25
>>9

うーん残念。技術的な事に関してはもちろんスキルが高いに
越したことは無いけど、9さんみたいな志のある人に仏像
作って欲しいなぁ。

ウチもお寺なんですけどね、ここ10年位に
新規に仏像を勧請したお寺さんに行くと、表情がまるきり同じ。
ハッキリ言ってお姿が死んでます。中国あたりの委託生産で
最後の仕上げだけちょちょっと手を入れるような仏師もいますし。
昔のような生き生きした仏像を求めるのは今となっては困難ですよ・・・。

15 :名無しさん@京都板じゃないよ:01/10/28 21:30
いま活動してる仏師は室町仏を手本にしてるからね。
まあ鎌倉時代までとはカネのかけ方もちがうし、
我々がいいと感じる要素には古さびた味わいっていうのもあるからね。
ただ、目と鼻の比率とかはともかく、手にどういう道具をもっているかとか、
どういう印を結んでいるかとかはきちんとしてないと、仏像ではなく
単なる彫刻になっちゃうね。

16 :江戸仏はそばで見ると頭が凄くでかい:01/10/28 22:47
江戸時代になると胡粉を厚塗りした像なんて出てきます。
弘法大師や日蓮大菩薩なんかにそういうのが多いです。
つまり、仏像の“人形化”という現象。
塗ったくって作るという造像法に乾漆像や塑像の流れ見る人もいるかもしれませんが、
やっぱりきれいに彩色を保存は難しいですね。

17 :急がば回れ:01/11/17 18:37
>>1大仏に手を合わせる事が仏教と思うのは短絡ですね。
見て、観て、看て・・・「毘盧遮那」の法身の意義を沈思黙考するべきです。
毘盧遮那大仏は「法身仏」です。仏法の“教え”を(強いて)人格化を試みた姿です。
本当に毘盧遮那仏に近づきたいと思うなら深山幽谷の歴史ある禅寺に入門するのが早道でしょう。
奈良の観光寺に親しむよりも毘盧遮那仏に早く到達する事と思います。

18 :名無しさん@京都板じゃないよ:01/11/17 18:41
手を合わせるという「形」にこだわらなくとも
仏像を見たときに何かを感じればそれでよい。

19 :名無しさん@京都板じゃないよ:01/11/17 22:19
偶像崇拝は仏教じゃない

20 :1@重要無銘文化剤:01/11/19 00:55
結局、仏像って何なんだろう。
俺がこのスレッドを立てたきっかけは >>8 に述べたとおりだけど。
美術館で観る仏像はやっぱり芸術品として見てしまうんだな。

21 :名無しさん@京都板じゃないよ:01/11/19 01:02
帰依の心がきちんとしていれば
偶像とされる仏像に手を合わせたとしても
偶像崇拝とは言い切れないとは思わないか?

22 :名無しさん@京都板じゃないよ:01/11/21 02:12
都合により、美術になったり宗教になったり。

エロな物と同じね。

23 :『皇后陛下のお四国遍路』製作委員会:01/11/21 02:28
 そこの兄さんね、「23」衣は砂や。

24 :チャクラよ、開けっ!:01/11/21 22:16
>>22チベット仏教の「ヤブユム像」にエロを感じるのは難しい。
「究境次第」という無上ヨーガ・タントラの修行では観想のみで、
性行為の時の絶頂の感覚を覚える事が要求されるのだが・・・。

25 :非秋田県人:01/11/25 20:33
稀代のエロ坊主(失礼)今東光氏。
修行中に一番つらかった事を問はれ、その返事。
「芸術性の低い仏像をおがむこと」

26 :名無しさん@京都板じゃないよ:01/11/26 22:50
>>25
彼が修行したのは比叡山延暦寺のはずだが。
あそこの仏像はそんなに出来が悪いのか・・・

27 :名無しさん@京都板じゃないよ:01/11/26 23:55
芸術に1票

28 :日本@名無史さん:01/11/27 00:01
東大寺の二月堂の舞台をまわりながら、
観音さまに、お願いをしている人がいるよ。

29 :名無しさん@京都板じゃないよ:01/11/27 00:22
>仏像は宗教?それとも芸術?

なんかパラダイムがずれてない?

仏像を崇拝し、神聖視する宗教的態度と
仏像を純粋に芸術として認識する態度。どちらがより重要であるのか。
このほうが日本語としてすっきりする。

30 :名無しさん@京都板じゃないよ:01/11/27 00:51
>>29
>仏像を崇拝し、神聖視する宗教的態度と
>仏像を純粋に芸術として認識する態度。どちらがより重要であるのか。

これをまるごとスレのタイトルにしろってか?(笑

31 :夢窓:01/11/27 14:45
境界なんてないんじゃないの?
だって、ゴッホが狂って描いた絵だって轟々しいじゃん。
拝みたくなるもん。
拝みたくなったら拝む。
唾をかけたくなったら唾をかける。
これ基本。

32 :名無しさん@京都板じゃないよ:01/11/27 15:29
そういえば、外国の教会に行ったとき
自然と十字きってました。

キリ教の学校行ってたので
しゃーないといえばしゃーない。

33 :少しは古いのもあるんでしょうけど:01/11/27 16:57
>>26ほとんど信長による焼き討ちで古い物が残ってないんでしょうね。

34 :朝日新聞:01/11/27 16:59
>>31ゴッホは、明恵の事を少しばかり伝え聞いていたらしい。
耳を切るという発想に、影響を与えたという説があるそうです。

35 :公教と正教じゃ:01/11/27 17:02
>>32カトリックと正教じゃ横棒を切る時の左右が逆との事。

36 :ハニー:01/11/29 01:09
あたしはカトリックでした>>32

>>18
感じるものは、具象的なものじゃない。

37 :名無しさん@京都板じゃないよ:01/12/03 10:54
奈良で生まれ育ったぼくにはやっぱり、美術です。

西洋の美学者兼哲学者(ハイデッガー??)が仏教美術は様式性が高すぎてゲージツでないという発言を聞いたときには呆れました。

でも、明治時代はフェノロサが救世観音を『発見』したりしたんですよね。やっぱり植民地根性はわれわれにいまでも残っていますよ。

誰に命令されたのでも、お金のためでもなく1000年以上もあの見事な仏像を守ってきた日本人はやっぱり美的な感覚に優れているとおもいます。
すこしは誇りに思うと同時に、この感覚をいつか取り戻したいですよね?

38 :名無しさん@京都板じゃないよ:01/12/05 01:34
すべての仏像は、すあま

39 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/02/11 14:52
age

40 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/02/11 15:10
宗教→芸術・・・って発展してったけど、現在のところは
芸術としての仏教より、(乱れてても)宗教としての仏教のほうが
仏教って感じ。

41 :2枚目の木の葉 ◆JLeaf2Zw :02/02/11 20:34
みなさんこんにちは。

2ちゃん専用ブラウザ「かちゅ〜しゃ」Part47@windows板
http://pc.2ch.net/test/read.cgi/win/1013221709/
というスレから風に舞ってこちらに来ました。

木の葉は自分の意思では動けません。風に舞って2chを旅をします。
木の葉の旅先をあなたが風になって指定して下さい。

行き先決定の優先基準(木の葉到着から24時間以内)
1:URLリンク貼ってあるレスでもっとも早レスのもの。
2:URLリンクが無いレスしかない場合はその中でもっとも早レスのもの。
注:一度お邪魔したスレには、24時間以上経過しなければ行きません。
  書き込み不可能なスレも対象外となります。

では風さん、よろしくお願いします。

私の考えとして、
信仰心のある人は宗教として見るけど、信仰心の無い人は芸術として見る、
といったような感じではないかと思っているのですがどうでしょう。

42 :∴フォーチュンの弟子:02/02/11 21:02
真に語るべき意味ある仏像といえるものは、「即真成仏」だけ
後はクズ、焼き払え。
犬も食わんぞ。

日本人の織れがいうのだから、これは正しい。

43 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/02/11 21:09
>>41
ピザハット2
http://school.2ch.net/test/read.cgi/part/1013244759/


44 :∴フォーチュンの弟子:02/02/11 21:11
後は、何の観賞価値も無い。クズ
人が作ったもの磨いてるだけの奴に
物の価値なぞ判るわけがない。

捨てよ!明らめよ!

45 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/02/11 22:21
>>44
ttp://piza2.2ch.net/occult/kako/1009/10091/1009170656.html
のほほんとしてたから気がつかなかった

46 :2枚目の木の葉 ◆JLeaf2Zw :02/02/12 23:29
>>43
ありがとうございます。
おいしい食べ物の香りが風に乗ってまいりました。

それでは行ってまいります。ひらりら〜。

47 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/05/11 22:48
age

48 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/05/13 01:10
いきなりですが、やはり信仰の対象になるわけですから、ショボイやつよりは美しいもののほうがありがたみが有るでしょう。
神仏はありがたい存在ですから、その時々で最も才能のあるアーティストに作らせるというのは、洋の東西を問わず当たり前なのでしょう。
仏像の芸術性とは、仏像が秘めた側面のひとつであると思いますよ。


49 :仏師:02/07/06 22:42
自由に彫っていいんならそれは最高だけど、だいたい仕事をくれるお寺さんも一般の人も
どこどこのなになにみたいな感じでって注文が来る。家は三代続いてやってるので家に来るお客さんは
家の仏像が欲しくてくるから俺がいいと思って勝手に彫ったら文句をいわれるよ
制作期間もたいしてなかったり代金もたいしてとれなかったりだし

50 :仏師:02/07/06 22:50
でも年に何体かは〜をもっと強い感じであとは自由に。みたいな注文もくるよ。
そーゆーのはやってて楽しいけどね。うれしいけどプレッシャー

51 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/07/11 14:11
あたりまえのことですが、
・信仰の対象として拝まれていて、御霊のはいっているもの
・観賞、記念物として保存されているもの
では、自ずから評価(評価基準)が違ってくるのでは?

52 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/07/19 21:29
仏教は宗教です。
宗教の定義が問題なら、
仏教は生死を乗り越える道です。

53 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/08/16 00:06
博物館・美術館にある仏像も宗教ですか?

54 :哲学者:02/08/16 00:28

宗教とは布教者が命がけで行うのが当たり前、寺や仏像 仏具は工芸品 坊主はそれらの品の
学芸員 それとも見学集金人?


55 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/08/18 22:03
「宗教芸術」というカテゴリがある。
要するに芸術観賞の立場から見ると「芸術」
動機は「宗教」ということ。
信仰とは別物。

56 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/10/19 23:11
age

57 :妖輝緋 ◆Tyn2tfw0AU :02/10/23 00:16
 57げっとぉ!

58 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/10/23 03:01
神々しいという言葉がありますね。芸術も頂点を極めれば拝みたくなるのでは?

59 :名無しさん@京都板じゃないよ:02/11/01 23:41
私は禅宗系大学で仏教美術を専門にしていますが、
仏像は信仰そのものではない、というのは常識です。
(偶像崇拝ではないのですから)

尊像を通してみ仏を感じるのであって、
芸術性が高い尊像が、より御仏の功徳を感じさせるように見えるのは、
当然と言えます。

いわばプロパガンダとしての仏像ですが、
美によって結果的に御仏を認識したことになるのですから、
宗教うんぬんは別にして、
十分その役目は果たしたといっていいでしょう。

60 :名無しさん@京都板じゃないよ:03/01/16 00:53
難しいな…

61 :オカ板からコンニチワ:03/01/17 16:41
あるオカルト系作家の意見では、鑑賞の対象として置いてあるうちは美術品。
賽銭上げたり合掌したり、祈願の対象とされた時点で信仰対象とか。
結局は明治維新の廃仏棄却、国家神道思想とそれに連なる太平洋戦争の敗戦から
日本人の宗教感が狂ってしまったし仏像も商業資本に乗った製作のされかたに変化
してしまった。
私的には、苦悩している人を、救ってあげたいと思う心が篭っていなければ、所詮
美術品にしかならないのではと。

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