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それで結局君たちの公の範囲と目的は何?

1 :名無しかましてよかですか?:2001/07/01(日) 22:46 ID:Dk3JVs76
小林は戦争論で公の範囲を「日本」その公の目的を「国家の安全と秩序」
のように書いてるけど、それに批判する人たちの公の範囲と目的は何?
そもそもその公の範囲と、目的について考えたくないのかな?
小林の公とナショナリズムの考えは賛成ですが、小林に対して異論ある
箇所もあります。参考までに小林反対の方の考える公の範囲と目的を教
てください。

2 :名無しかましてよかですか?:2001/07/01(日) 22:47 ID:9zORi8OE
国家に集約されない。
以上。

3 :名無しかましてよかですか?:2001/07/01(日) 22:56 ID:Dk3JVs76
さっそくありがとう。以前追求しすぎて切れられたことあるので、他意なく
聞くけど、その国家の代わりとして公の範囲に何か持ち込む必要があるとは
考えないのかな?その何かがあるなら聞かせてくれんかな。その何かが仮に
思想的に問題あっても(こっちの解釈で)何も批判しないので。。。

4 :名無しかましてよかですか?:2001/07/01(日) 23:02 ID:9zORi8OE
公というものは、レベルがいろいろあって、どれか
ひとつだけということではない。
国家が含まれていてもいいが、それだけではだめ。
以上。

5 :右翼学者:2001/07/01(日) 23:05 ID:XZjgV2Ok
>>4に同意。

6 :名無しかましてよかですか?:2001/07/01(日) 23:16 ID:.nKUVKRA
そういう意見に対して小林はいわゆる「価値の序列」をつけよ。みたいにいうんだけど
小林支持してるからってわけでなく、俺もやっぱり公の範囲はひとそれぞればらばらに
なりやすいからこそ、優劣つけるべきなんじゃないかって思ったわけね。そこで自分なり
に優劣つけたとき「日本」以上のものが俺にはみつかんなかったのな。一度切れさせた奴
はそこに「自分」とか「世の中」とかもってきたがってたんだか、俺はピンとこなかった
公が自分だとか世界だとか普通の奴が言っちゃう今の日本の状況はどう思う?

7 :名無しかましてよかですか?:2001/07/01(日) 23:34 ID:wcIPm/rI
2者以上の関係が公とちゃう?

少なくとも、自分と他人との交わりが
公の基礎条件の重要なひとつだと思う。

8 :名無しかましてよかですか?:2001/07/01(日) 23:37 ID:.nKUVKRA
いかん、上変な文になった。申し訳ない。ネットも2chも初心者
なんですみません。

9 :名無しかましてよかですか?:2001/07/01(日) 23:47 ID:.nKUVKRA
>7そうなんだよね。2者以上の関係。結局小林も(いかんそろそろ
なんかいわれるかな?)2者以上の関係からナショナリズムを立ち
あげてんだよね。俺と親父、俺と友達、俺と彼女そういうのを郷土心
からのナショナリズムの立ち上げっていうんじゃないかな?決め付け
になってたら、反論聞くからね。

10 :右翼学者:2001/07/01(日) 23:50 ID:UNotkRjM
孔夫子は二者の交わり方を『礼』と定義なさいました。
二者あれば当然あってしかるべきものだとして。

11 :名無しかましてよかですか?:2001/07/01(日) 23:55 ID:.nKUVKRA
右翼学者さんは日本の公の範囲として何を持ち込むべきとお考え
でしょうか?礼ですかね?

12 :右翼学者:2001/07/02(月) 00:02 ID:XFo83v/c
>>11

公の範囲って何?(笑)

13 :名無しかましてよかですか?:2001/07/02(月) 00:04 ID:Cfp3GFU.
なんか親和的例ばかりだな〜。俺と親、俺と友達、
例えばサ〜、パレスチナとイスラエルでも公ってものがある、
できつつある、できる可能性があるってのわかるかな〜。

広く言えば世界全体、狭く言えば俺とお前。
ウンで、常に変化し作っていくもんだと思うよ。

14 :名無しかましてよかですか?:2001/07/02(月) 00:10 ID:J5uFxvQ.
>12俺に聞くなよ。それは作者に聞けよ。要は考えたくないって
態度だろそれは。

15 :名無しかましてよかですか?:2001/07/02(月) 00:20 ID:J5uFxvQ.
>13いいこというね。そうなんだよ。パレスチナとイスラエルの関係
の構築なんざ、もろお互いの国家としての公のすりあわせだもんな。
すり合わせる国家=公なしに誰も2国間の公作ろうなんざおもわない
もんな。なんで俺たち、銃ぶっ放してたんだって話になりかねんしな。

16 :13:2001/07/02(月) 00:22 ID:Cfp3GFU.
ナショナリズムか?
新たな他者への拒絶反応であるのもあるな〜。

それを克服して新たなる公を作り出していく
つ〜のが大きな問題になってくるかも。

あ、13はちょっとずれてた・・・

それから、公の目的・・・他者とのより良い関係を結ぶ事だと思うが?

17 :名無しかましてよかですか?:2001/07/02(月) 00:27 ID:J5uFxvQ.
>16参考になります、ありがとう。スレ立てといてなんなんやけど、
明日早いんで寝ます。以降ちゃんと反論するんでたくさんかいとい
てー

18 :名無しかましてよかですか?:2001/07/02(月) 09:55 ID:6MD7khGs
右翼学者はそこらで知的(そうな?)こといってるのに
自分の公の範囲すら語れないのか?そんなもんか?公を
考えたこともないのに右翼学者かたってんのか?右翼に
失礼だろそれは(笑

19 :名無しかましてよかですか?:2001/07/02(月) 10:43 ID:z5uamJ5E
>>6
逆に国家以外の公を認めないというのはどういうこったろね。
普通の奴らが公=国などと言っちゃう世の中はどうおもってんの?

20 :名無しかましてよかですか?:2001/07/02(月) 11:27 ID:eWTY6sEU
>19さんスレ立て人ですが、少なくとも僕は国家以外の価値観
を認めないとはおもわない。例えば共産主義者が公を語るとき
必ずそこに共産主義者としての視点が加わると思う。それを
語るのを止める権利はないと思います。しかしながら「国家
の安全と秩序」が問題になる局面、例えば共産主義者が人質
とって山荘に逃げ込んだら?「俺らは世界同時革命のために
やってんだ。」つまり、彼らは彼らの公の範囲と目的のために
行動してるわけですよね?これを犯罪として彼らを止める価値
観は何か?おそらく国家の合意(つまりここでは法)だと僕な
んかは思うわけです。しかし、彼らを許す空気が世間にあれば?
ここにオウム事件を当てはめてもいいんですが。。

21 :七九六:2001/07/02(月) 11:41 ID:W/il.NPk
>>12
おれも「公の範囲」って意味わからん(笑
私的なもの以外は全部「公」的なものなんじゃないのか?

22 :名無しかましてよかですか?:2001/07/02(月) 11:54 ID:a5Vs02F2
単に気分だけの問題ならば公なんて改めて語る必要もない。
法だけで十分。
というか気分だけでは解釈が多すぎてどうにもならないために法がある。
個々人が公に対してどう思うかなんて十人十色、統一なんてできるわけないし
したくもない。だから法である程度は明文化する必要がある。

ところが小林は公に対する考え方、受け取り方、のようなもの、を
統一しようとしている、少なくともそう思える。
またそのために自虐やサヨクや共産主義などを担ぎ出して敵に据える。
今やだれも信じていない、有りもしないものを前に脅威を喧伝して煽るだけ。
そこが小林が嫌われるところだろう。

23 :名無しかましてよかですか?:2001/07/02(月) 12:02 ID:KoiQZ7Cc
>>21
小林は一応地理的に日本の国土を指して(日本民族ってのは血ではな
いらしいので)公の範囲としてるんだけど、ここではまず、その地理
的に教えてって書くと、公って地理か?っって言われると思ったんで
皆に思うところの公の範囲を聞きたいと思った。21さん回答になってる
よ。私的なもの意外は公的なもの。それもあなたが思うところの公で
ですね。

24 :名無しかましてよかですか?:2001/07/02(月) 12:14 ID:KoiQZ7Cc
>>22さんは法ですか。いいですね。実は法律の勉強すきです。この
ばらばらな世の中で最後の理性だと思いたいですね。小林のせいで
視点が法のみでなくなってしまった私ですが・・・

25 :右翼学者:2001/07/02(月) 13:23 ID:/BzrgOzU
>>18

なんで俺が小林が言い出した分けわからん概念に対して自分の考えを持ってなきゃいかんのだ(笑)

>>21
左翼マルクス主義者の796君もわからんと言っているじゃないか。

>私的なもの以外は全部「公」的なものなんじゃないのか?

孔夫子の礼を公とするならば、
それは二人以上の人間がいれば当然あってしかるべき相互尊重。

人間一人なら私
人間二人あれば公がある。
そして公のある状態での人間一人が個。

人間が交わる以上公は常に存在する。
当然家族レベル、職場レベル、社会共同体レベル、地方自治体レベル、
国家レベル、世界レベルで公は存在する。もちろんもっと重層的に。

国家を考えるにしても世界レベルでの公を考慮した考え方でないとうまくいかないのは当たり前である。
って何当たり前のこと書かせてるんだ。

26 :名無しかましてよかですか?:2001/07/02(月) 13:48 ID:e6it6QLE
右翼学者お前小林の本読んでないならなんでここにいるんだよ。あきら
かにいちゃもんつけにきてるだけじゃねーかよ。別に無理に読んで
小林の言う公の範囲の語義を理解しろなんて強制してねーだろ。そも
そも最初から小林の公やナショナリズムの考えに反対する者の考える公
の範囲を聞くためにこのスレたててんだからさ。おまえは小林の言う
公の範囲すら理解できない、する気もないなら反対すらできてないだろ?
このスレのタイトルすら理解できんのに入ってくるなよ。お前が一番
礼を失してんだよ。孔子が泣くぞ?

27 :に〜ちぇ:2001/07/02(月) 14:50 ID:4lE5QU4Q
>>1
小林の公って、個に対応してんでしょ。
多分公私の公じゃないなあ。少なくともPublic
じゃないでしょ。中間段階としての地域コミュニティを
すっ飛ばして、いきなり個人と国を対応させるから問題
なんじゃないの?そうすっとコミュニティとの関係に
常に国の意識が介在するから、実質的な個々人との関係性は
希薄になる。公っていうのは、人と人との交わりで生まれる
場のことだからね。既出かもね。

28 :名無しかましてよかですか?:2001/07/02(月) 15:39 ID:3P/kSUGY
>>27
27さん鋭いですね。僕が他人に小林の言う公を説明するとき、苦しむ
のはまさにそこです。しかし彼は彼なりに郷土愛(パトリティズム)、会社や
地域コミニティなどの中間組織等を通じて私と公のバランスをとるべき
だといってますが、これは27さんの言う中間段階とはちがいますか?もし
ちがっていれば、その違いを教授してもらえませんか?

29 :に〜ちぇ:2001/07/02(月) 16:25 ID:4lE5QU4Q
>>28
へ〜そんなことも言ってるんだ。俺が見たときよりも
論理がパワーアップしてるね。(笑
実質的な公とは中間段階であるコミュニティで形成される。

>中間組織等を通じて私と公のバランス

この定義だと、私<地域<国=公になってしまう。
そうではなくて、公概念の拡大適用にすぎないわけ。
つまり、私<地域=公<国≒公

30 :に〜ちぇ:2001/07/02(月) 16:26 ID:4lE5QU4Q
>続き
公というのは、実際のところ国があろうがなかろうが、
人と人との関係性の場があればそこが公となるわけ。
そして、別のスレで蜂さんと七九六氏がやっていた
ことにかぶるかもしれないが
公概念を国レベルまで拡大するには物語が必要となる。
だって実態がうまく捉えられないでしょ?
そしてそれは善悪の問題ではないわけよ。
小林が問題となるとすれば、国への奉仕=公
が先にある印象を与えてしまうこと。
そうすると、場合によっては、国と地域の観念や利害が
異なる時、まずもって国が優先される。まあ、それでもいい
という人は、多いともうし、国政上はそうかもしれない。
しかし、公の理念に立つならば、あくまで実質的な公である
地域コミュニティを踏まえて国への公概念の拡大を
しなければならない。つうのは、俺の意見ですが。
でも俺にとっては、地域〜でバランスなんていうのが
論理が逆転している証拠だと思う。

31 :名無しかましてよかですか?:2001/07/02(月) 16:30 ID:V3dxr/Wo
公=公共心というのなら理解できる。
が、公=国家と、押しつけがましいコヴァは大嫌い。
世の中すべてがコヴァでできてるんじゃないんだよ。

32 :名無しかましてよかですか?:2001/07/02(月) 16:49 ID:HZDs8zSE
  >ニーチェさん御教授感謝します。確かにゴー宣読んでても、疑問に思うことが
あります。結局中間共同体(会社や地域コミュニティー)と国家では、どちらに
優先順位をおくんだと(笑。単純な思考ですが、説明で迷うのはこの瞬間ですね。
これから考えたいと思いますがニーチェさんの意見参考にさせてもらいます。

33 :名無しかましてよかですか?:2001/07/02(月) 17:03 ID:Rxfbsquo
>31
スレたて人だけど、それ健全だと思うよ。君に公=国家を押し付けたの
だれだ?右翼某か?

34 :に〜ちぇ:2001/07/02(月) 17:42 ID:4lE5QU4Q
>>32
いえいえ。
もしかしたら他の人が反論するかもしれんから、それみてから
俺の意見を参考にするか決めたほうがいいよ。(笑
それとつまらないことですが、
私は「に〜ちぇ」です。(笑

35 :七九六:2001/07/02(月) 18:14 ID:VxXCdBNE
>>30
また同じ議論展開になりそうな気がする(笑

36 :七九六:2001/07/02(月) 18:22 ID:VxXCdBNE
>>30
結局、資本主義下での不透過的な人と人との関係に対して、
どういうスタンスをとっていくかという議論にならざるを得ないんだよね。

37 :名無しかましてよかですか?:2001/07/02(月) 19:53 ID:Kta.1WK2
>>33
好戦的なコヴァさんがたの言動はかなり押しつけがましいと感じるが。

38 ::2001/07/02(月) 20:44 ID:ZJai9whc
>>29-30

公と国家の関係って難しいですね。
楽なんでまた「言葉」を持ち出すけど、例えばこの2CHでの会話でも
公を帯びる。その場でコミュニケーションツールとして用いられるのは
日本語という「言葉」であってその点で国家と公はつながっていると思う。

また水道をひねれば水が出て、店に行けば財布に見合うかたちでだが欲しいものが買える。
そこまで遅れることもなくバスや電車が来て有る程度安全に目的地につける。
かような公とも国家は不可分ですよね。

だからといって全ての公がそのまま国家へと収束するとは思えない。
ズレみたいなものは絶えず有るね。但しその関係は不可分。
>国≒公
僕が考えているのもまさにこんな感じ。

39 :名無しかましてよかですか?:2001/07/02(月) 21:19 ID:Ku8WU4qo
スレ立てた者ですが、2CH誤解してました(笑 のっけの右翼学者なみ
に小林の公概念否定に走ってくれる人が主だと思ってましたが、いい意味
で予想裏切られました。もっと荒れると思ってたけど実は皆さん
冷静ですな。やたら勉強になってます。はい。七九六さん蜂さんは
中間共同体と国家の関係をどうとらえますか?ここに関心あるんで、
語ってください!!

40 :七九六:2001/07/02(月) 21:26 ID:Nq4VLCdA
>その場でコミュニケーションツールとして用いられるのは
>日本語という「言葉」であってその点で国家と公はつながっていると思う。

あんまり突っ込みたくないけどあえて突っ込むなら、
掲示板というCGIプログラムは英語という「言葉」を基本として書かれる。
その場でプログラムツールとして用いられる英語。
これって英語圏の国家とつながってると考えていいのかい?

そういう意味では世界中の国家と不可分である。
君が今着ている服はどこの国の工場で作られた?
可分な境界線など実はない。



41 :名無しかましてよかですか?:2001/07/02(月) 21:28 ID:Ku8WU4qo
>>37
ここのスレたて人は温厚です(笑 37さんの考える公の範囲または公
もウヨを気にせずぶちまけてください。ウヨのかたもサヨをきにせず
ぶっちゃけてください。このスレに左右構造持ち込みたい方は他いって
ください(笑

42 ::2001/07/02(月) 22:13 ID:v5lNjX.I
>>40

貴方は僕が言ってたことを同意以前にまったく理解してなかったんだね。
確かにネットは普遍性を求める以上共通性を持った言語を使うよ。
その意味では>CGIプログラムは英語という「言葉」にネット内での公を見れるよね。
ただ国家にはそれだけじゃ計り得ないものがあるとして「言葉」(日本語)を持ち出したんだよ。
「伝統」「慣習」とかは、固有の「言葉」と不可分だろ?そこに共有母体としての「公」が
有るといってんの。同意しなくて良いからいいかげん理解はしてよ。

貴方の言うような新たな公(通貨、言葉も含む)を作り出す動きの可能性を
僕は否定しないよ。ただ普遍性のみに目を向けているという点で
頓挫するとは考えているけど。

43 ::2001/07/02(月) 22:18 ID:v5lNjX.I
>>42書き足し。

世界に公がないなんて言ったかい?
微小では有るが国家と世界が共有する公はあると考えているよ。

44 :名無しかましてよかですか?:2001/07/02(月) 22:25 ID:xIScbizs
しかし、ポストモダンかな?正直愚民にはわけわからんす・・・

45 :名無しかましてよかですか?:2001/07/03(火) 01:34 ID:ZbLyBlE6
ところで、小林のだい嫌いな「左翼」は公の中に入らんのかな?

46 :名無しかましてよかですか?:2001/07/03(火) 01:43 ID:3MFij3KM
>>45

トウゼン入るよ。

47 :名無しかましてよかですか?:2001/07/03(火) 02:54 ID:FbNJf73E
小林的には非国民=公に反するものでは?

48 :キリル:2001/07/03(火) 03:34 ID:vcTELmys
そのわりには、サヨクは小林に虐待されてるぞ。

49 :名無しかましてよかですか?:2001/07/03(火) 03:52 ID:WNUuEG4E
>>40
ちとおかしいな、それ。
プログラムってのはコンピュータとの会話手段でしょ?
という事はコンピュータと自分との間の「公」がCGI言語なわけで、
日本人と何か会話する時にCGI言語では喋らないでしょ?
「着ている服がどこの工場で・・・」のくだりも、
服それ自体は公ではなく、服を着る、という行為が公なのであって、工場は関係無い。
で、どんな服をどのように着こなすかは、日本人は日本人のセンスでやってると思うが。
韓国人がチマチョゴリ着たり、インド人がターバン巻くのと同じように。
まぁ、だからといって日本人がターバン巻いちゃイカンと言うつもりも無いけど(笑)

50 :37:2001/07/03(火) 09:01 ID:QAzvH8NU
>>41
公については >>22 にほぼ同意。
個人個人が勝手に思っても意味がない。
明確にするには法が必要。

個人個人が勝手に思う内容を強引に統合しようとするコヴァは最悪。

51 :1:2001/07/03(火) 09:28 ID:SX0I4YJo
>>50
小林擁護じゃないけど、ちゃんと小林理解してるひとはこんな公の場で
強行に国家=公を押し付けんと思うよ。それこそが公観念の喪失じゃないか(笑
勘違いコバ 無自覚コバ 狂右はみつけたら攻撃します(笑公として「法」に2票
おおそうだな。サヨの人もウヨの人も、公にかわるもの、または公としての
「法」はどう思うのかな。聞いてみたいな。

52 :1:2001/07/03(火) 09:38 ID:SX0I4YJo
>>45
左翼の人に公の範囲を地理的に聞こうとして反発された
ことあるよ。左翼の人は公の範囲を形でなく概念として
とらえてるから、形にするのは嫌かも知れんが最低限
言葉として愚民にも分かるように説明ください。

53 :1:2001/07/03(火) 10:23 ID:zuG9Vkrk
ポストモダン(多分)の人たちの公は最小のところで、2人以上人がそろった
場所ってのはわかるけど最大のとこがみえんなー、おそらく公の最大のところ
とかきくと、すでに語弊あるんだろうし。。。かといって大きくとらえて世界
ともいってない気がする。どうなんでしょう?ポストモダンにさわりのある方
どっからでも答えてください

54 :七九六:2001/07/03(火) 20:10 ID:VoAVS.O2
>>42
いや、国家というものが「言葉」を共有母体とした「公」である、
という君の認識にはおれも大いに理解してるつもりだよ。
だがこのスレが「公」についての議論であるという前提で考えるなら、
「言葉」に言及する以上「言葉」の境界、「文化」の境界についても考慮しなけりゃいけない。
「水道をひねれば水が出て、店に行けば財布に見合うかたちでだが欲しいものが買える」のは、
確かに国家とは不可分であるが、同様に世界とも不可分である。
そうだとすれば「公」を議論するのに「国家」という概念はさほど重要なのか、
ということが言いたかったのだが、どうかな?

55 :七九六:2001/07/03(火) 20:10 ID:VoAVS.O2
>>53
>公は最小のところで、2人以上人がそろった場所ってのはわかるけど最大のとこがみえんなー、

二人以上がそろった場所というのは実は特定の場を指しているんじゃないんだよね。
そこで語られる「場」というのはあくまで相対的な「場」でしかない。
そうした相対的な「公」は常に「私」との比較でしか語れないんじゃないかな。
で、1氏が知りたいのは絶対的な「公」なんだよね。

56 :名無しかましてよかですか?:2001/07/03(火) 23:26 ID:YB5T17zk
>>52
そりゃ、距離をグラムで表わせ
みたいな事を聞くのと同じじゃないか?

57 :名無しかましてよかですか?:2001/07/03(火) 23:33 ID:YB5T17zk
>>51
ついで、小林の公は単なるお題目、
これを唱える事によって自分がいかにも、
立派な事を言っているかのように思わせるため。

彼の嫌いな人権派の手法を真似ただけ!
そのように理解しているが。

58 ::2001/07/04(水) 00:40 ID:IN1GbSPA
>>54

「水道をひねれば水が出て、店に行けば財布に見合うかたちでだが欲しいものが買える」
これは国家が国民に対して行うこと。故に一義は国家内の「公」
国家間における安全性や安定性がこれに寄与しているという面を鑑みて
それを世界規模での「公」につながるものとすることには吝かではない。
僕が言いたいのは世界という場においても「公」が有り
国家という枠組みの中にもに「公」が存在するということ。

「国家」内での「公」だが、「日本語」を媒介として
存在する「公」(例えば会話とかね)を世界規模の「公」で語れるのかい?
そこからはみ出るものがあるとして「伝統」(例に即して言えば言い回しとか配慮)
を僕は挙げた。
それを理解出来ているならば国家を無視できるわけないという
結論に結びつくのは当然の帰結でしょ。

59 :1:2001/07/04(水) 10:15 ID:TstGCriQ
>>55
ちょっと違いますね。僕は「公から私を考える」ことを、不快に思う
人間が日本には多いとは思いますが、必ずしも「私から公を考える」
ことを否定してるわけではない。というか無理です。もちろんそれは
生きてくうえで不可分だという話だからこそ無理なわけです。「公か
ら私」を考えることも、「私から公」を考えることも結果的に「私と
公」を考えることになりますよね?入り口が違うだけで。僕の感覚
でいえば、その僕がさも「私から公」を考えることを否定してるように
思い込んで「公から私」を考えることしか認めん奴と断定してくれる人も確かに
多い(笑しかしそれならもっとこのレス最初から荒らされてるでしょう
な。796さんがさしあたり、一方(公か私)を踏まえて一方を考える行為
を否定しないならの話ですが。

60 :1:2001/07/04(水) 10:27 ID:jF0nbZSA
>>56
いや単純化してくれってことです。馬鹿でも分かるように(笑このスレ
利用してコバの洗脳解いたってください(笑左翼の人も右翼の人も
皆さんチャンスです。真性コバからきらわれそうな不純コバの1でした。

61 :名無しかましてよかですか?:2001/07/04(水) 10:43 ID:cm7l6eMc
ちょっと乱暴に「公」を区分すると
文化(言語など)とイデオロギーのどちらで捉えるのかという事になると思う。
で、俺の場合イデオロギーなんぞは空論に近いモノと考えているので
自分にとっての公は文化を拠り所にするしかない。
そうすると日本人で日本に生活基盤を置いている俺としては公=日本国である。
日本国というのが抽象的表現と言われるのであれば「日本国家」と言ってもいい。

62 :1:2001/07/04(水) 10:48 ID:VoB4GfoY
>>55
補足ですが、つまり僕の立場は公から私を相対化することもやってみないか?
これです。私から公を相対化してない奴はみたことないし、いたら僕でも突っ込み
入れそうです。(一部の小林ファンにいそうですが)「私から公」「公から私」を考える
行為を並行的重層的に考えるべきだという意見にはほんとにそこに、優劣ついてない
のかと疑問を投げかけときます。

63 :1:2001/07/04(水) 11:06 ID:AsrFPnkw
>>61
61さん、このスレ意地でも不毛な左右構造バトルにもちこませまいと
している1にはありがたい意見です。さすがに小林反対意見の公ばかり
きいてるとボロがでそうです。(笑公の範囲=日本国という考え方に
賛成な人(必ずしも小林賛成でなくとも)の意見ももっとカキコ
してほしいですな。

64 :名無しかましてよかですか?:2001/07/04(水) 12:34 ID:kWIBe7m2
>6
今さらだけど小林って公の優先順位をつけろなんて言ってたっけ?
伸縮自在で最大範囲が国なんじゃないか?ってだけじゃなかったっけ。

65 :1:2001/07/04(水) 12:51 ID:OEkqsvIo
>>64
伸縮自在?うーん、すみません、どこに書いてたか知りたいですが。しかし、64さん
の言い方だと、最大範囲が伸縮してるように聞こえます。伸縮する形式的最大範囲が
国っていってんですかね?だとしたら、開眼です。

66 :64:2001/07/04(水) 13:07 ID:kWIBe7m2
>>65
すまんねゴー宣買ってないものでどこに書いてあったかは覚えてない。

>伸縮する形式的最大範囲が
>国っていってんですかね?

俺はこう言ってると受け取ったけど。

67 :1:2001/07/04(水) 14:18 ID:h5dZ.0/s
>>66
これは小林よしのりの言う公の範囲の解釈のちがいかな。おもしろい
ですね。このように小林の公の範囲ひとつとっても、読んでる人間の
なかでばらばらです。僕がこのスレ立てたのはこの違いを知って
極力自分の小林解釈に宿る偏見を排除するためなんで、この場で
64さんに異論はないです。立ち読みでもいいんで、みつけたら
教えてください。そして、このレス読んでここにかいてるぞって
いえるひとは、容赦なく64さんを擁護して、きっちり1を裁いて
ください(笑

68 :名無しかましてよかですか?:2001/07/04(水) 14:27 ID:FAkmZ.wE
小林よしのりのいう「公」って「公共心」のことだろう?
それって「遠慮」とか「思いやり」とか「人に迷惑をかけない」
とかに近いもんだと思う。

それは意識的か無意識的か、物質的か精神的かは別にして、ある種の
見返りを期待しての行動かもしれないし、純粋に自己満足からかも
しれない。また自分のことは自分で、という自立心からくるものかもしれない。

つまり個人個人の心の持ちようの問題で、はっきりと言葉に
できるような種類のものではないと思う。

この心の持ちようというのは、生まれ育った場所や環境、家族、友人、
恋人、ペットetc、によって変わってくるもので、ある地域でおおまかな
方向性は一致するかもしれないが、基本的にはバラバラなものだと思う。

69 :名無しかましてよかですか?:2001/07/04(水) 14:28 ID:FAkmZ.wE
よって、個人個人にとっての「公」の範囲は、その人の想像力による
部分が大きい。大きな「公」の範囲を考えても、つながりが薄まれば、
「公」に対する気持ちも薄まっていく。地球環境問題なんかいい例だと思う。
直接自分たちの生活範囲に影響があればうるさく言うし、そうでなければ
そうでもない。

こういう個人個人でバラバラな「公」を収斂させるには、
・個人個人の思想や行動をなるべく統一させる
・各人が妥協できる程度の「決まり」をつくって、 最低限何を
 しなければならないか、何をしてはいけないかをはっきりさせる
これらをバランスよく行う必要があると思う。
で、小集団やおおくの人が環境を同じくする場合は前者の比率を、
そうでない場合は後者の比率を高めたほうが効率がいい、
つまり個人個人にかかる負担が少なくなると思う。

そういうわけで、現在の日本では後者の、つまり「法」の比率が高い、
ゆえに「法」の範囲が「公」の範囲といってもいいのでは。

70 :ありゃ最後がきえた・・・:2001/07/04(水) 14:29 ID:FAkmZ.wE
そういうわけで、現在の日本では後者の、つまり「法」の比率が高い、
ゆえに「法」の範囲が「公」の範囲といってもいいのでは。

71 :名無しかましてよかですか?:2001/07/04(水) 14:33 ID:kWIBe7m2
>67=1
お前は学校の先生か?(ワラ

72 :1:2001/07/04(水) 15:01 ID:AxCHbpHQ
>>71
おもしれーのがきたな。71光栄だよ。俺のスレを模範にして、おまえも
勉強しろよ。お前に今一番必要なのは「公」(藁らら)

73 :66=71:2001/07/04(水) 15:13 ID:kWIBe7m2
>1
気にするな。愛着を持って言っただけだから71は。

74 :1:2001/07/04(水) 15:17 ID:AxCHbpHQ
はい。あらしの予感でした(笑

75 :1:2001/07/04(水) 15:35 ID:Ifc0YIbI
>>70
公にかわるものとして、または公としての「法」に今3票ですな。
このスレじゃ大人気っす。では70さん。「思いやり」や「遠慮」の
ような価値観は日本では特に強い(他国と比較して)と思ってんだ
だけど、民族としての価値観のようなものと、「法」の価値観は必ずしも一致
している、あるいは一致させられると思いますか?質問が抽象的かも
しれませんが・・

76 :名無しかましてよかですか?:2001/07/04(水) 15:54 ID:hN7HkL0Y
>>1
集団が閉鎖的、または排他的なら民族としての価値観と法の価値観は
一致するだろうし、その場合は法をあまり細かく規定する必要もない
かもしれない。

でも、現在のように多様化した価値観(これは一概に悪いとはいえない)
だと、民族としての価値観と法の価値観が必ずしも一致しなくなる。
というのは、民族としての価値観が多様化してくるから。
ゆえに法の価値観は最大公約数的なものになったり、ある種素っ気ない
ものになったりするのだろうと思う。

まあ民族の価値観の多様化といっても、日本はまだまとまっている
ほうだとおもうけど、民族国家かといわれるとそうでもない、と。
よって日本において民族の価値観と法の価値観が一致しているかは
微妙だし、一致させる必要も無いと思う。

77 :70:2001/07/04(水) 15:55 ID:hN7HkL0Y
スマソ >>76 のレスは >>75 に対して。

78 :1:2001/07/04(水) 17:34 ID:ez3GEhBw
>>77
仮に民族の価値観の影響している現在の公共心すなわち70さんの言う
公の範囲と法の範囲にずれを生じるのは、やむをえないと?うーん
「法」を疑いだしたのは、このずれのせいっていうのもあるんだ。
しかし、いまだに「法」を公にとっての最後の理性だと思いたい自分
もいて困る(笑この公の範囲と法の範囲のずれがなくなるほど人類が
冷静になった時、小林なんか忘れて公は法だと1も言い切ってるかも
しれない(笑

79 :名無しかましてよかですか?:2001/07/04(水) 21:15 ID:ve/.hd5M
>1はなぜ「公」の範囲や優劣に
こ〜もこだわるんだろうね〜?

80 :1:2001/07/04(水) 21:37 ID:pzxbwZBg
>79
79さあ。このスレ批判だけしようとすると、いかに自分が公を考えずに
物申してるか露呈するぞ。じゃお前が公の「範囲」も「優劣」も無視して
公語るとどうなるんだ?無視したりしょうもない答え返すとほんま、あほに見えるぞ?
ほら、無視せんから申してみろ(笑

81 :名無しかましてよかですか?:2001/07/04(水) 22:07 ID:ve/.hd5M
自分の事頭イイとでも思ってるのかね〜。
書き込みの調子みとるとそう思えるね・・・>1は?

まあ、イイ例を思いついたから、
教育と言う「公」と防衛と言う「公」優劣つけれるか?
まあ、情勢によりつけるだろうが、基本的にはツケラれんだろ。

「会社と私どっちが大事」ツーような
恋愛もんでようある陳腐なせりふと同じになりゃせんか?

82 :1:2001/07/04(水) 22:21 ID:lGVmg9Fg
>>81
 自分の頭いいと思ったらこんなスレ作るかよ(笑
教育という公?防衛という公?おまえ頭いいつもりなんだろうが、説明
端ょりすぎなんだよ。そんなもんに優劣つけたおぼえもねーよ。そもそも
思いつきで批判スンナ(笑ちゃんと考えて批判してくれてる者に失礼
なんだよ、お前みたいな切り口でふっかけてくるやつはさー。お前が
吹っかけてきてる理由「ただなんかえらそうだから」ってのが見え見えなん
だよ(笑おもろいやっちゃなー

83 :名無しかましてよかですか?:2001/07/04(水) 22:25 ID:frGKN0Lo
>>81

「公」の優劣など誰も話しちゃいない。
1が賢いのかどうかは別として君のドキュソは
決定。読解力カ・イ・ム(w

84 :名無しかましてよかですか?:2001/07/04(水) 22:30 ID:ve/.hd5M
>>83
君こそ、>1以外に対しては言ってないよ。

85 :1:2001/07/04(水) 22:34 ID:lGVmg9Fg
>>83
83さんフォロー感謝します。泣けます(笑

86 :名無しかましてよかですか?:2001/07/04(水) 22:51 ID:KSn1h636
>>81

優劣ではなく優先順位ならその時々状況に応じて変わるだろうね。

>>76

民族としての価値観と法の価値観は必ずしも一致しない。
「挨拶」が法によって規定されるのか?同様に「礼儀」や「節度」
が法によるものなの?コミュニケーションの場としての「公」は
これらによって成り立つと思うのだが「法」によっては成り立つまい。
確かに「法」によってなされる共通理解というのはあるがね。

よって「法」も「公」であるとは言えるけど、
「法」が「公」であるとは言えない。

87 :名無しかましてよかですか?:2001/07/04(水) 22:54 ID:2q/h5QCw
公=ナショナリズムというすり替えはすごく危険です。
社会が未熟な証です。
カントの公の話しを読んだことがありますか?

88 :名無しかましてよかですか?:2001/07/04(水) 23:04 ID:Ant59BFw
>81
ゴー宣読んでないの?
一回読んでみな、1の言ってる事の意味わかるから

89 :86:2001/07/04(水) 23:09 ID:eMg42unI

俺へのレス?

>カントの公の話し

エロスを自我の上位に置くっていうあれの事?
もうちょっと詳細希望。

90 :1:2001/07/04(水) 23:14 ID:aiFI8heg
>>86        なぜか1がこたえようとします。
前半ですが、優劣優劣とかいてますが、86さんの優先順位という意味とほとんど
誤差ないです。
後半ですが怖いくらい賛成です。「法」と「公」は必ずしも必要十分ではない。
「法」は「公」の一部ですね。

91 :1:2001/07/04(水) 23:25 ID:yicxDfv2
>>87
87さん、大雑把に言っておそらくカントの頃のナショナリズムと、日本
の戦前のナショナリズム、そして戦後のナショナリズムは意味合いがちが
ってるとおもいます。しかし、たしかにカントのナショナリズムは全然
知りません(笑良ければ86さんと同じく詳細知りたいです。

92 :70:2001/07/04(水) 23:28 ID:fLsTnnaw
>>86
>「挨拶」が法によって規定されるのか?
「挨拶」、それは法によって規定はできないでしょう。
というより、規定する意味がない。

>「法」が「公」であるとは言えない。
それはその通り。

「多様化」のただ中だとしても、我々が人間である以上、また、
日本語を喋る文化にいる以上、あなたがいわれるようなことは
「法」では成り立たないし、また成り立たせる意味もない。
現在の日本では、「法」で公用語を規定する必要はない。

が、「挨拶」はともかく、「隣近所とのつきあい」はどうか?
都市部と田舎とのそれは違いがないのか?
また、若年齢層と年寄りとの受け取りかたはどうか?

法=公、とういうのは少々乱暴だった。よって
>「法」が「公」であるとは言えない。
これは真だね。

93 :70:2001/07/04(水) 23:29 ID:fLsTnnaw
スマン。どうもこの板は慣れない。92 の消えた部分。


が、「挨拶」はともかく、「隣近所とのつきあい」はどうか?
都市部と田舎とのそれは違いがないのか?
また、若年齢層と年寄りとの受け取りかたはどうか?

法=公、とういうのは少々乱暴だった。よって
>「法」が「公」であるとは言えない。
これは真だね。

94 :70:2001/07/04(水) 23:38 ID:hN7HkL0Y
スマソ。
>「隣近所とのつきあい」はどうか?
>都市部と田舎とのそれは違いがないのか?
>若年齢層と年寄りとの受け取りかたはどうか?
消し忘れてた。無視してくれい。

95 :86:2001/07/04(水) 23:57 ID:/9CNq5WU
>>92

法によって規定され得ないがそれによって
公が生まれる共通理解というもの存在することは認めるよね。

細かい定義としての「礼儀」や「敬意」というものが崩れているとしても
(仮にそれらに対する意識の差が有ったとしても)
相手がどのような態度を示しているかは了解可能だと思うのだが。

法のように人工的に作られたもの以外の公。それを「伝統」から来るものとしている。
法から漏れた公をあなたはどのように定義してるの?

96 :1:2001/07/04(水) 23:59 ID:556xk6uw
>>81
81,88さんのあたたかい助言を素直に聞いて,読んで見てくれ。そして
またここに戻って、生まれ変わった81の熱い公論をぶつけてくれ(笑
なんか不憫になったので、今日最後に81を励まして1は眠りにつきたい
と思います(笑

97 :名無しかましてよかですか?:2001/07/05(木) 00:20 ID:HNnmOYUs
掲示板は公的空間。
ここで、己の思想信条を訴えるなど、公に隷属している証拠。

98 :1:2001/07/05(木) 08:31 ID:3fg2gHTE
>>70,92
70さんはおそらく、最初からある程度の漏れは意識して法≒公と定義されて
たと思う。かなり法に比重がある公の事だとおもいますが、現在の日本のさまざまな
改革が米国を意識して(モデルにして)行われてる限り、70さんの意見も無視できない
とおもいます。これまでは風土的に、裁判を避ける空気が日本にはありましたが、制度
改革(司法改革)の行方しだいでは、日本も米国並に「法」を意識せざるをえない国になる
かもしれないですね。

99 :1:2001/07/05(木) 09:29 ID:lt8Ul3DM
>>97
公に属す事は必ずしも悪ですか?

100 :名無しかましてよかですか?:2001/07/05(木) 14:56 ID:bY4mV9Ew
>>99

必ずしも悪×
必ず悪である○
必ずしも悪とはいえない○

101 :1:2001/07/05(木) 18:30 ID:ljGQLVQU
>>100
100さん文法ミスの指摘ですか?100さんの公のついて、上の比較表現
で悩んでしまいました(笑
 公に属すことは必ずしも悪じゃないんじゃないですか?こうか?

102 :1:2001/07/05(木) 19:22 ID:GzaIBCsc
>>七九六さん
読んでたらまた登場して欲しいんですが、七九六さんのいう、2人以上の場という公、
国家の公、欧州連合のような複合国家としての公、世界の公のような相対的な公の存在は
わかりますが、七九六さん自身が「私と公」について、「公から私」を考えるための視点
として、どのあたりの公をふまえているか文面からみえません。
「相対的な公は常に私との比較でしか語れない」この発言は「私あっての公」だという
立場と理解してもかまわんでしょうか?相対的な公のまえに、私があると?
 よければ説明ほしーです。

103 :70:2001/07/05(木) 20:35 ID:Ag7PoT2I
遅レススマソ。

>>95
法から漏れた公は個人個人で微妙に異なると思う。
だから誰もが納得する公は法の範囲でしかない。

まあ、大多数がほぼ同じ言葉を喋りほぼ同じ文化で暮らしている
のだから、法から漏れた公は、あなたがいう「伝統」
から来るものと同じだろうと思うが、ただそれは
個人個人で微妙にことなるものであって、一概にこれである
といえるような種類のものではないと思う。

ある人にとっては伝統から来る公が、「村のしきたり」
だったり、伝統的な宗教観だったり、あるいはまた別の
ものだったりもするわけだから。

104 :79:2001/07/05(木) 22:03 ID:VSfFr0sg
いや〜>1ごめんね、一日たってちょっと考えたら

聞いちゃいけない事聞いちゃったみたいだったようだね
>1にとって。

>1はなぜ「公」の範囲や優劣に
こ〜もこだわるんだろうね〜? >>79より。

これに対する返答が、>>80
のようなな返答がくるとは思って無かったよ。

いや〜〜すまんかった聞いちゃイケンこと聞いて。

105 :1:2001/07/06(金) 09:07 ID:VMHgdyqI
>>104、81,79
まあ、強制はせんけど、こだわったほうがいいよ。としか思ってないからね。
公の「範囲」も「優先順位」もね。ここで79がこたえるのに、それらを踏まえよ、
ともいわない。「優先順位」が大事って言ってるのは「私と公」をかんがえる
行為として「公から私」を考える時、踏まえる「公」がコロコロ変わるのは
不自然だと思ってるからだ。そしてこれは単なる1の、小林の影響大の考え。
79はそんな優先順位が気になるなら、優先順位にこだわるべきじゃないっていう
主張の、理由をあげてみてくれ。それならこっちも聞きたいくらいだからさ。

106 :七九六:2001/07/06(金) 13:24 ID:bM4z3jC2
>>102
ここでいう「私」というのは個人とは限らないよ。誤解しないでね。
「公」もコロコロ変わるが「私」もコロコロ変わる(笑
そういう意味で相対的と言ったんだよ。
に〜ちぇ氏も指摘してるように、小林が言っている「公」というのは
「私」との比較でない。彼は「個」という言葉で対比させている。
「個」と対比させたときの「公」というのはどちらかというと
「一般」とか「全体」とか「集団」という意味合いに近いわけでしょう。
つまり個人が属するあるいは属していると認識できうる「全体」もしくは「集団」というのが
具体的に何であるかということです。例えば国家であったり企業であったり学校であったり
市民団体であったりNPOであったりLETSであったりジャンル別のコミュニティであったり。
ネットを利用すれば帰属集団と言っても国境を超えることは可能です。

107 :七九六:2001/07/06(金) 13:24 ID:bM4z3jC2
まあ「法」が「公」であるなんて言ってる人もいますが、こういう言いかたは妥当ではない。
「法」というのは各帰属集団内での社会契約的な倫理体系に過ぎません。
まるで「おれは学校に帰属してるんじゃない、校則に帰属してるんだ」というようなものです(笑

108 :名無しかましてよかですか?:2001/07/06(金) 15:31 ID:joRW1FE.
>おれは学校に帰属してるんじゃない、校則に帰属してるんだ」というよ
おいおいそれは無茶だろ。

それいうなら「法を適用する団体」に所属しているってことだろ?

109 :1:2001/07/06(金) 18:21 ID:E/tAiS5M
>>107
七九六さん。個人でない「私」というのが分からない。非常に的外れかもしれませんが
人と人との交わりを公の始まりとするなら、「私」と「私」が揃えばそこは公であって
個ではないですよね?仮に他人同士の二人が空の電車の車両に乗って、何の接触もなくともそこには
公として守るルールが生まれますよね?言葉で交わらなくとも、同じ電車に乗ってるという交わり
すなわち「共有」があるから、公が生ずるわけです。相対的な公に対比させた時の個が「私」でない
とするなら、その個は一体なんでしょう?上手くイメージできんのですが。・・・
1は小林の考えに飲まれるような単純脳なのでどうかもう少し説明を(笑

110 :1:2001/07/07(土) 00:07 ID:vCJgJawA
>>107
ああ、風呂はいってて、ピンときました。七九六さんつまりこういうことですか?
ある状況下Aでは公は日本、私(個)は日本人
ある状況下Bでは公は世界、私(個)は国際人
相対的な公に対応する相対的な私っていうのは、こんなふうに場所や状況によって
「公と私」丸ごと変化するってことじゃないでしょうか?しかし、こうだとすると
場所や状況が変化するたびに、同時点において、「私(個)から公」「公から私(個)」
を重層的に考えなきゃいけないってことですよね?うーん。はたしてそれは可能
なんでしょうか?

111 :>110:2001/07/07(土) 03:50 ID:NBRLYhQ.
だってみんなそうしてるじゃん。

112 :名無しかましてよかですか?:2001/07/07(土) 05:50 ID:d3VQNExE
できないのは教祖とコヴァだけ

113 :1:2001/07/07(土) 10:42 ID:tcYBNCLo
>>112
公=公についての意見を求める掲示板
私=公についての意見を述べる人
111、みてくれよ112を。できない奴ばっかりなんだよ。これが現状(笑

114 :名無しかましてよかですか?:2001/07/07(土) 11:57 ID:loo/Eixo
公の優劣がいつも固定されたものとも思えんが、
例えば、温暖化ガスの排出問題なんて、国家レベルの
公では解決不能。
地球レベルの公の意識が必要だろう。

逆に町内の人と付き合う分には、国家レベルの公を意識する
必要は特にない。

115 :おくさんは名前さん:2001/07/07(土) 12:14 ID:/wkOO3TI
「公の範囲」を、「一定の約束事、決まりごとが通用する範囲」と定義するならば、
その範囲は、約束事の目的を果たすに足る程度でできるだけ狭い方がよい。
そうすると、ある約束事に関しては、公の適正範囲は「私とあなた」であるかもしれず、別の約束事では「世界」でなければならないかもしれない。

結論。
公の適正範囲とは、その目的によって異なるのであって、抽象的に「公=国家」とか「公=世界」などと論じることは不可能である。
・・・・・・と、漏れは思ふんだが。

116 :1:2001/07/07(土) 12:36 ID:SFFhgWpM
>>114
114さん。地球レベルの公はある、作る必要もあるとみとめたうえで
果たして今その公を頭にもってくる基準、視座みたいなものはあると
思うかな?温暖化ガス問題にしても、グローバルスタンダードを世界に
押し付けるアメリカがあの態度・・・うーん、何とかしなきゃとは思うが
それを自分の住む公と同列に語るのはやっぱ疑問だなー。

117 :1:2001/07/07(土) 13:05 ID:8beGjEac
>>115
おお、115さんやっと言及してくれる人が現れて嬉しいです(笑
完全にこのスレのタイトル「公の目的」の部分が無視されてたので
自分で言い出せなくなっていた(笑つまり小林は「国家の秩序と安全」
という目的のために公の範囲を「日本」と規定してるわけです。別に
小林はこのスレでこだわってるほど公の範囲という概念にこだわってるか
どうかは分かりません(笑そもそも小林の考えに共鳴してるひとってのは
この目的「国家の秩序と安全」に賛成してる面の方が大きいと思う。少なくとも
1はそうです。で範囲と目的を聞いてるわけです。最初から(笑いつの間にか
公のとらえかたや、カテゴリーの話になってますが(笑

118 :名無しかましてよかですか?:2001/07/07(土) 13:22 ID:zWzhHR5A
私にゃあ小林は必要もないのに便乗して煽って悪ノリしてるようにしか
みえないな。

119 :名無しかましてよかですか?:2001/07/07(土) 14:55 ID:BMXLLY/Y
村上龍は個人が集団に対立するものと考えることが日本人的だといっていたけど。どっちが特に優先されるとかじゃなくて、本来パラレルに分かちがたく存在するものだと。「公」と「個」っていう2律で語られると零れ落ちるものがたくさんあるんだけど、その零れをすくうのが小林はうまかった。長野五輪の原田を扱ったりして、漫画の特性を活かした独特の文脈で部分肯定ができる論理展開をしていた。でも最近はそこら辺が薄いなー、なんか乱暴になってきてるなーと感じます。悪ノリではないと思うんだよね。

120 :1:2001/07/07(土) 15:06 ID:5lJ1vkmc
>>公=公についての意見を求める掲示板
を理解してくれる人に投げかけるけど、そもそも「私から公」を考える
行為に比重がかかってないなら、118や112みたいな意見は出てこん
はずやと思わんか?こいつらあきらかに、上の公を無視して私的な
考えつまり「2chやからとりあえず批判だけしとけ」「なんかえらそうやから
とりあえずいちゃもんつけとけ」っていう私から公に言葉を発している。少なくとも
こいつらの発言を公からのそれとは誰も思わんやろー(笑七九六さんやっぱ
こいつら見てる限り、「公から(私)個」を考える行為と「個(私)から公」を考える行為
を同時点で同比率で考えるべきって言う意見は俺には説得力ないわー(笑あ、
かってに七九六さんをだしてしまったけど、ポストモダンのかたなんかこれに
意見ない?せこい話だけど(笑

121 :1:2001/07/07(土) 15:14 ID:5lJ1vkmc
>>118
上の文118さん違った、81だ。118さんすみません。

122 :115:2001/07/07(土) 17:54 ID:8KHaxf/2
>>117
 “国家の秩序と安全”という語は多義的である。“国内の人々どうしの関係が規律され、人々が安心して暮らせる状態”を言う場合と、“国家どうしの関係が規律され、諸国家が安全に存在できる状態”を言う場合がある。
 前者であれば、<個>を「個人」、<公の範囲>は「日本」とおけばよいかもしれない。後者であれば、公の範囲が「日本全土」で足りることはありえない。<個>を「国家」、<公の範囲>は「日米」「アジア」「世界」等々としなければならない。というのも、<公の範囲>において作用する決まりごと・約束事は、<個>どうしの関係を規律するのみだからである。

 前者の意味での<国家の秩序と安全>は、結局、個人の幸福に奉仕することを目的とする。したがって、<公>を守るために命を捧げるというのでは辻褄があわない。だから、小林は前者と後者を混同しているのではないかと、漏れは疑っている。

123 :名無しかましてよかですか?:2001/07/07(土) 18:07 ID:4iqy3vBI
>>122

>前者の意味での>国家の秩序と安全>は、結局、個人の幸福に奉仕することを目的とする。

国民国家にはその幸福のために命を投げ出すのも国民という矛盾が
存在してる。そこに対する考察がない。よって混同していると結論付けるには不充分。

124 :1:2001/07/07(土) 18:59 ID:K67Dirqo
>>122
123さんのいうように、その矛盾は公として国家を意識すれば、背負わ
ざるをえないんじゃないのかと、1は考えます。私的には「おい1大丈夫か?」
とビクビクしながら書いてますが(笑少なくとも123さんのように「命を投げ出すのも国民」
といいきる人間を、相対化しようともおもえない。それを相対化する者はやはり、それにかわる
「国家の秩序と安全」のための何かを提案しないと意味がない。122さんのいう前者なら警官は
地域や国を思って身を呈す人が居るだろうし、後者なら韓国人に刺されようと(笑日本の検定制度を守ろう
とする韓国在住の外交官が居るかもしれない。そこで彼らがやってることはまさに123さん
のいう矛盾を請け負う行為です。彼らが投げ出すものは「命」です。1にかぎっては、そこを
相対化するための、「国家の秩序と安全」ための何かはまだ見つからないですね。



125 :名無しかましてよかですか?:2001/07/07(土) 21:26 ID:jh/CCKqM
as

126 :名無しかましてよかですか?:2001/07/07(土) 21:38 ID:k/g4Dpxg
「公」について真剣に話してるんだったら、
もうちょっとわかりやすい文章を書きましょう。

意味不明な部分が多いですよ。
>1
例えば、
そもそも「私から公」を考える
行為に比重がかかってないなら、118や112みたいな意見は出てこん
はずやと思わんか?
以上>>120より。

127 :1:2001/07/07(土) 21:56 ID:h9Pmj6nI
>>126
意味がわからんなら、いくらでも聞いてください(笑126さんの疑問は
59、60を読んだ上での質問ですか?部分だけ読まれて、質問されても
繰り返しになるのでしません。どこが疑問なのか明確にしてください。
ちなみに118さんは間違いなので、引用しないでください。(笑
くりかえし、118さんすみません。

128 :1:2001/07/07(土) 22:12 ID:h9Pmj6nI
>>126
62も読んでおいてください。(一番大事)

129 :115 その1:2001/07/08(日) 00:38 ID:I3mbeFKI
>>123>>124
 <公の範囲>を、「ある約束事が通用する範囲」ととらえるならば、<個>は一定の義務を負うこととなる。>>123は、命を捧げることが<個>の義務たり得ると説かれるようだが、「納税、投票」[戦p344]等と「命を捧げること」とは、根本的に違うのではないか。
 そもそも<公>は、一定の目的に奉仕するためのものである。国家レベルの<公>は、人々の生活なり生命なりの保護をおそらくその目的とする。
 そうすると、国家が生命の犠牲を強いるならば、国家は国民にもっとも重要な利益を与えないことになる。よって「命を投げ出す」ことは<個>の“義務”たり得ない。「死ぬのはヤダよ。ヘッ」と逃亡したというだけでは、基本的には、道義的に非難され得ない。
 「基本的には」ね。

130 :115 その2:2001/07/08(日) 00:39 ID:I3mbeFKI
 >>129のつづき。
 むしろ、個人が命を投げ出すのは、<個>の義務としてというよりも、家族や友人への情愛とか、職業に対する誇りとか、個別に結んだ約束とかに因るのではないか。命の犠牲を拒む者を、エンコーでガキを買うオヤジと同じく「公共心に欠ける」と言うのは適当ではない。
 だからこそ、<個>の命を捧げてもらうためには、それが犬死ではないという幻想を与えなければならない。小林は、この“命を投げ出すための幻想”を与えようと試みているように見える。それ自体は悪いことではない。しかし、命の犠牲を<個>の「義務」と説くのは誤りである。と、漏れは思ふ。

131 :名無しかましてよかですか?:2001/07/08(日) 00:43 ID:I4FbiVG.
じゃ、立派な方は死んで頂戴。
あたしは汚くしぶとく生き残ります。

132 :名無しかましてよかですか?:2001/07/08(日) 00:53 ID:YnzLO5wo
>>130

単純なシステムの問題。
国民国家というのは国民が諸権利に伴う義務も引き受けた国家形態。
その義務のなかに国防も当然含まれるでしょ。
その意味で死ぬのは義務なの。国民国家にあってはね。

133 :名無しかましてよかですか?:2001/07/08(日) 00:57 ID:I4FbiVG.
じゃ、あたしを守るために死んで頂戴>>132

134 :1:2001/07/08(日) 00:57 ID:QUXem.nU
>>131
いいんじゃない?そんな人の考える公にも興味あるぞ(笑いえるなら
言ってみよう。

135 :名無しかましてよかですか?:2001/07/08(日) 00:59 ID:I4FbiVG.
すべての価値観が所詮幻想に過ぎないのだわ。
時が過ぎればすべての国が滅んでゆく。ただそれだけ。

136 :1:2001/07/08(日) 01:02 ID:QUXem.nU
>>133
いえんなら、このスレで懸命に茶化す意味ないよ。ただの公なき個。
みんなわかってくれるよ(笑たぶんね。

137 :名無しかましてよかですか?:2001/07/08(日) 01:02 ID:VT077BgY
>>132
 確かに国民国家は、国防の義務はあるが、それは国民が死ぬことで
 はない。国民を生かすためだよ。(笑い)
 

138 :名無しかましてよかですか?:2001/07/08(日) 01:06 ID:b9Nm7uFo
君を守るために死ぬんじゃなくて、
日本という国家を守るための義務だよ。
僕は何の為ならば死ヘと踏み出せるのかと考えると
日本という雰囲気かなと思う。

139 :1:2001/07/08(日) 01:06 ID:QUXem.nU
>>135
そうかー、上スレすまん。もっと135には同情すべきだみんな。135に
公という物語をー価値という名の支えをー いかん壊れてきた。寝ます
(笑

140 :名無しかましてよかですか?:2001/07/08(日) 01:14 ID:9b5fPqkA
>>137

よく考えなさい。国防の義務につくということは
死ぬ可能性がとても高くなるということ。国防の結果
国民が死ぬということは容易に思いつくと思うが。
故に国防という義務は国民に一朝有事での死を覚悟させるものでしょ。

そんなこともわからないのかい?つーかネタか(藁

141 :右翼学者:2001/07/08(日) 01:21 ID:bSmyl0eI
>>140

あのな、別に前線に立つことだけが国防じゃないぞ(笑)

142 :右翼学者:2001/07/08(日) 01:25 ID:bSmyl0eI
>>135

それは30年後かね、300年後かね3000年後かね?(笑)

そういえば昔左翼が「日本はまたもや戦争をはじめようとしている!!!」
と言っていたが、
あれも5年たっても10年たっても35年たってもなんにもおきやせんのだが。
それと同じ類いかね?(笑)

143 :名無しかましてよかですか?:2001/07/08(日) 01:25 ID:VT077BgY
>>140
 国民国家では、それを国民の義務とはいわない。
 国民の意思といいますよ。(笑い)
 

144 :名無しかましてよかですか?:2001/07/08(日) 01:58 ID:HePDiIYw
>>141

わかってる。
ただ国防の中でもっとも疎まれるは戦争という形態で
そこでは死と不可分だといいたいだけ。つーか戦争としての
国防も義務の一形態だと何故皆知らないのだろうか?
これは教育が悪いとしか考えられん(藁
フラタニテ教わってんのか?

145 :1:2001/07/08(日) 10:09 ID:lSA0fh2s
>>142
右翼学者は先に公を語れ(笑この際いっとくが、範囲だろうが概念だろうが帰属する
あるいは支持する公の考え無しに物申す野郎は簡単に信用せんからな(笑

146 :名無しかましてよかですか?:2001/07/08(日) 13:17 ID:ylGMDIWA
>>140
>死ぬ可能性がとても高くなるということ。
と、必ず氏ぬ、というのは全然違います。決死と必死の違いです。
生還を前提としない任務など当人にとっては無意味です。

まあ、当人がそれに納得するだけのものがあればいいのですが。
これが物語とか宗教的情熱とか自己犠牲とかやけくそとか
言われるものでしょうね。

よって、>>143氏がいうように、氏ぬのが義務ではなく、
それは意志でしょう。義務は氏ぬではなく、戦う、の方ですね。

義務を言うなら、国家のために戦う(殺す)でしょう。
勿論、前線にたつだけが戦いではありません。

147 :女王様:2001/07/08(日) 13:48 ID:h9ZcelNw
じゃ、公に賛同する人は死んでください。国のため。
私は生き残って新しい国を作りますから。

148 :1:2001/07/08(日) 14:15 ID:SZ8VB3iY
あーここであえて、ポストモダンにさわりある方々に投げかけよう。
相対的な公から捉える相対的な個。これですねー、戦後日本で主流になってしまった
考え方は。これに対する疑義が1の小林説に揺さぶりをかけることを阻んでいるようです(笑
やっと上で言及しはじめてくれてますが、やはりなんにしろ公には目的が必要なんじゃない
でしょうか?公益といってもいいと思うんですが、少なくとも公のカテゴリーや捉え方
のみにこだわっていても、認識すべき個は見えてこないんじゃないかと思う。
ズバリ聞いてしまいますが、アジアの公(欧州連合のような)や世界の公にいま共通の
目的があると思いますか?日本の公の目的と同列にかたるようなアジアや世界の公の目的
は、少なくとも今はないとこちらは考えます。なぜなら、環境問題なんかの米の対応なんか
みてて思うんですが、それらの公のための「視座」「基準」がなさすぎる(笑まさに形だけに
なっている。

149 :1:2001/07/08(日) 14:28 ID:p5iyaoWc
>148続
アジアの公についていえば、不況対策に追われてる国と軍事国家をめざす
国で共通の公を今すぐつくれると思いますか?その公を作る事を無視せよ
というのではなく、自国の公を調整したり修正することなしに、つまり自国
の公を軽視した上でアジアの公なんか、ほんとにつくれるのかと1は思います
どうですかね?反発ください(笑

150 :1:2001/07/08(日) 14:37 ID:p5iyaoWc
>>147
公やナショナリズムぬきで国家形成を図ろうとする147のベンチャー精神に
脱帽ですな。はい。俺はこの自己スレ王国でさえ、統制はかれん(笑
テロにおびえながらカキコしている(笑

151 :名無しかましてよかですか?:2001/07/08(日) 16:15 ID:CTrzmgvk
>>147
賛成、公は元からあるだけのものじゃなく、
自分たちで作り上げてくものである。

そんな事もわからんのは・・・・

152 :129:2001/07/08(日) 16:25 ID:U1srzqKo
>>132
死を強いるということは、国家が「義務に見合う権利」を与えていないことになる。
この点で「『納税、投票』等と「命を捧げること」とは、根本的に違う」[>>129
死は本人ではなく生き残る者に利益を与えるものである。これを義務とするのは、「漏れのために死になさい」と“強制”するに等しい。
やはり、命がけで守りたくなるような「国」や「人」を作るしかないのではないか。と、漏れは思う。

153 :129:2001/07/08(日) 16:27 ID:U1srzqKo
>>148
>世界の公にいま共通の目的があると思いますか?

世界の公の目的の1つ=「アメリカは世界最強!」(笑)。
日本が「白人は黄人より劣等」という約束事を国交の場に作用させたいとする。そのためには、日本を<公>としても意味はない。<個>を「国家」、<公>を「世界」「日米」等とせねばならない。
戦争は、国家を<個>とする<公>を形成する手段として、用いられることも多いかも。
もちろん、国民を一つに束ねるために大虐殺をする場合もあるかもしれんが。

154 :129:2001/07/08(日) 16:31 ID:U1srzqKo
>>148
>相対的な公から捉える相対的な個。

これ、もうちょい分かりやすく説明してもらえると嬉しい。
小林が「価値相対主義」[新ゴ7p23]と言う意味の「相対的」と捉えるとは違うよな?

155 :129:2001/07/08(日) 16:34 ID:U1srzqKo
>>154
誤字訂正。
×「と捉えるとは違うよな?」
○「とは違うよな?」

鬱惰詩嚢。

156 :1:2001/07/08(日) 17:48 ID:fMf6X4/g
>>155
いやこれ、ポストモダン(たぶん)の七九六さんの
>相対的な公は常に私との比較でしか語れない
>「公」もコロコロ変わるが「私」もコロコロ変わる
って言う意見を自分なりに表現してみたんだ。(笑だから相対的な「私」からとらえた
相対的な「公」ともいえるかもしれない。後で七九六さんにかってな解釈スンナ
と叱られるかもしれない(笑じつは1ももう少し説明ほしーところなんだ。再登場
を願いましょう(笑
 世界が視座にしようとしてるアメリカがCTBT(部分的核実験禁止条約)
から脱退しようとしてる。世界の公の目的のひとつ「世界平和」の価値観
を戦後日本に押し付けといて、自分らはその方向から逆行しようとしている。
本質的に建前を利用するのが上手い国は、実はアメリカだとおもわんか?自国
の公は建前だからダメって奴は多いのに、米の建前はほとんど誰も疑わない。
なぜ世界平和が自国平和より優先するのか?日本に生きてると疑問が尽きん(笑

157 :1:2001/07/08(日) 18:11 ID:lE0vRBWU
>>続
1の見解(勝手な)では、アメリカはまさしく国際関係でダブルスタンダード
を使ってんぞ(笑本音は「自国本位」建前は「世界平和」
他国にはグローバルスタンダードは「世界平和」みたいな甘い顔して、この正義
のためなら軍事的制裁もいといませんみたいな、ウルトラマンよろしくな態度で接し
ってるくせに、内心では「自国本位」な方向を画策してやがる(笑
グローバルスタンダードはダブルスタンダードって誰かいってたっけ?
大前研一か?まあいいや、とりあえず米の「世界平和」ずらにひっかか
るのは1は避けるぞ。ウルトラマン顔のバルタン星人にだまされるな(笑

158 :1:2001/07/08(日) 20:18 ID:BkN7G0Q.
>>129
しかし129さん>>130は鋭いよなー。「個別に結んだ約束とかによる」これもたしかに
小林は否定できんと思うからなー上のほうでに−ちえさん(波線でません(笑がその辺
のところを「中間組織」とか「地域コミニティ」とか表現してくれてるけど小林はそこから
「国」としての「公」がたちあがるって、確かにちょっと飛躍がある気もするからなー
そこを埋めるために物語って表現を使ってるんだろうし・・・

159 :名無しかましてよかですか?:2001/07/08(日) 22:27 ID:3Cz14jf6
>>152

国民国家の成立過程を知ってるの?
フランス革命のことね。そこら辺を勉強すれば
国防が国家の主権者としての国民の義務だということがわかるよ。
簡単に言えば王に変わり国民に主権が与えられた以上
国家の防衛責任も国民に帰するものになったってこと。

>死を強いるということは、国家が「義務に見合う権利」を与えていないことになる。

見合う権利を与えるって国家と国民は主従ではないぞ。
そもそも国民国家って概念を知ってるの?
死を強いるんではなく国防を強いるんだよ。
でそれは平和のため。バランス取れてるだろ?
平和の対価が国防

160 :名無しかましてよかですか?:2001/07/08(日) 22:41 ID:54m3LeQg
>>159
そーゆーカビの生えた国民皆兵論からいいかげん脱却したら?
いるんだよね。古臭い理念を得々として語る奴が。

161 :名無しかましてよかですか?:2001/07/08(日) 23:02 ID:W4FVNimg
>>160

君が生きているのは国民国家内ではないのか?
君は政治の分野にあってもポストモダニズムを信奉してるの?
だとするならばどのようなシステムを念頭に置いてるんだ?
僕の認識では国際社会も国内政治も依然としてモダニズムだが。

162 :名無しかましてよかですか?:2001/07/08(日) 23:04 ID:CTrzmgvk
>>160
生んで、君はその古臭い理念に変わる新しい理念でも提示できるのかい?
それができないなら、単なる戯言だよ。

163 :名無しかましてよかですか?:2001/07/08(日) 23:05 ID:xfRoRASA
>>159
しつもーん!じゃあ、第2次大戦でのドイツ系ユダヤ人はドイツを守る
義務があったんですかー?おしえてー

164 :160:2001/07/08(日) 23:22 ID:54m3LeQg
>>161
別にポストモダニズムうんぬんというようなそんな難しいことを
言っているわけじゃないんだけど。

>死を強いるんではなく国防を強いるんだよ。

もともとこの理念は「反革命に対するカウンターパワー」として
戦争の素人である市民から兵士を募ったことからきてるわけだろ?
やがて「参政権」と対になって国民の義務となったのだが、主権国家という
リバイアサンが一度戦争という行動に走りはじめると制御不能に陥ることが
何度も起きたわけだ。ヨーロッパでの二度の大戦やベトナム戦争がその典型だな。

165 :名無しかましてよかですか?:2001/07/08(日) 23:24 ID:NuoHjK36
>>163

ナチスはアーリア人種のみをドイツ国民としてるんだから
当時のドイツ国内のユダヤ人には権利も義務もないでしょ。

166 :名無しかましてよかですか?:2001/07/08(日) 23:31 ID:xfRoRASA
>>165
じゃあ、国民でなくなったら死ななくていいんですね。
ありがっと!

167 :名無しかましてよかですか?:2001/07/08(日) 23:34 ID:72N2MYUY
>>164

少なくとも現在はまだ戦争の危険性が完全に払拭されてるとは言えない。
そのような状況下で国防という義務をを蔑ろにするのはどうだろうか?
貴方のいう危惧はわかるのだがでは国防は誰がするものとお考え?
国民でしかありえないでしょ。
それとも何らかの代案を御持ちか?

>もともとこの理念は「反革命に対するカウンターパワー」として
>戦争の素人である市民から兵士を募ったことからきてるわけだろ?

これは違う。周辺諸国からフランスの国土を守るために
国民が兵士になったの。
今まで国土を守っていた王を廃しその位置に国民が上ったのだから
国防も王の変わりに国民が行うという論理だよ。

168 :名無しかましてよかですか?:2001/07/08(日) 23:37 ID:72N2MYUY
>>166

その代わりこの国にいることが難しくなるよ。
一人で生きていく事が出来るの?
どの国家にも国防の義務はあるからね。
無政府主義者にでもなる?

169 :名無しかましてよかですか?:2001/07/08(日) 23:47 ID:3R2yuSy6
国防の義務なんてないよ。

170 :160:2001/07/08(日) 23:55 ID:54m3LeQg
>>164のつづき
結局のところ科学技術の発達による戦争の悲惨さの増大から
「主権国家と言えども国民に人殺しを強いることができるか?」
という疑問が生まれ良心的兵役拒否というような制度が出てくるわけだ。

171 :129:2001/07/08(日) 23:58 ID:VBhMPpR.
>>164
国防の義務が<個>の義務たり得ないとは言っていないし、問題にもしていないよ。

国防を強いることはできるが、その帰結として「その意味で死ぬのは義務」[>>132]と言えるのだろうか。
鉄砲片手に戦場へ赴くのは、国防を構成するものの一つではあるけれども、そのすべてではない。
ちなみに>>152の「権利」とは「利益」と同じ意味。表現が雑だったのは謝るよ。スマソ。

172 :164:2001/07/09(月) 00:04 ID:OLqDn5LQ
>>167
>これは違う。周辺諸国からフランスの国土を守るために
>国民が兵士になったの。

どうして周辺諸国と戦かったのかよく考えようね。
プロイセンとオーストリアがどういう立場だったのかに鑑みれば
「これは違う」なんて言えないと思うけど。

173 :名無しかましてよかですか?:2001/07/09(月) 00:06 ID:I9tW0S5.
>>170

むちゃくちゃな理解だな。
良心的忌兵とは宗教上の理由や一人っ子という状況において
適用されるんだよ。

>「主権国家と言えども国民に人殺しを強いることができるか?」

こんな思想のもと発生したわけではない。
何からそのトンデモな知識を仕入れたんだ?

174 :名無しかましてよかですか?:2001/07/09(月) 00:08 ID:I9tW0S5.
>>172

フランス革命の思想の伝播を恐れてだよ。
ただこれはシステムとしての国防とは関係ない議論だよね。
よく考えて。

175 :名無しかましてよかですか?:2001/07/09(月) 00:16 ID:OgQVL4c6
>>171

こっちも表現がまずかったね。
死が義務なのではなくて国防という義務のもと
死ぬことも有りうるって書くべきだね。
ただ疑問なのは結果として死を含む行為は国防という概念に含めないの?
あなたの考えでは?1も言及してたが警察や消防はどうなるんだ?

176 :170:2001/07/09(月) 00:20 ID:OLqDn5LQ
>>173
アホか、あんたは。
>良心的忌兵とは宗教上の理由や一人っ子という状況において
というのはまさに「国家が個人の内面に踏み込む権利」との兼ね合いの問題なんだがな。
第二次世界大戦前でこんな「宗教上の理由」で兵役を拒否するなんて寝言が
通用したと思うか?

177 :名無しかましてよかですか?:2001/07/09(月) 00:26 ID:RLmySmbQ
>>173
兵役とは関係ないが、
「主権国家と言えども国民に人殺しを強いることができるか?」
という思想が生じたのは事実だよ。
だから、国民国家は戦争がなくなってきてる。
湾岸戦争なんて典型的だろ。
それから、フランス革命の頃と現代との比較は意味を為さないね。
現代は、国民国家が1つというわけではない。

178 :1:2001/07/09(月) 00:37 ID:y8hMDxZw
いい議論してるなー罵倒は歓迎しないけど(笑しかし、国民国家の正確
な定義をしようとすると、世界史の知識は欠かせんなー。遡ろうとすれば
ギリシャポリスの市民国家(ポリス)まで行っちゃいそうな勢いやもんなー
(笑

179 :名無しかましてよかですか?:2001/07/09(月) 00:43 ID:XNRa1HVU
>>176

良心的忌兵についてもう少し勉強してネ。

徴兵を逃れた人間も徴兵の対価としてのボランティアをしてるんだよ。
それから審査の結果忌兵の権利が与えられることもお忘れなく。
君の言う偽善的なものが良心的忌兵の理由なら何故軍隊はなくなっていないんだい?
馬鹿なのか?それとも単なる煽りか?

一人っ子の忌兵が見とめられる理由。
国家の成立母体である家族の破壊につながるから。

宗教的忌兵。
神が国家の成立要素に少なからず寄与しているから。

大学生の徴兵免除。
その勉学が徴兵と同等の価値を国家に与えるから。

第二次世界大戦のように大規模な闘いとなれば上記の拠って立つ
国家というものが瓦解の危機にさらされているということだから
文字どうり総力戦となるのは少し考えればわかるだろ。
もう一度言うぞ(藁
良心的忌兵についてもう少し勉強してネ。
馬鹿なのか?それとも単なる煽りか?

180 :名無しかましてよかですか?:2001/07/09(月) 00:48 ID:XNRa1HVU
>>177

いわゆる左翼思想の潮流としてのそれの存在は僕も認識しています。
ただ湾岸戦争のアメリカの例でいうと、他国の為に自国民の
血を流すなということですよ。つまり集団自衛権への懐疑。
ちょっと乱暴に言えばね。自国防衛に自国民の血を流すなという主張は
寡聞にして触れた事がない。(国家否定の左翼思想は当然除いてね。)

181 :名無しかましてよかですか?:2001/07/09(月) 00:53 ID:XNRa1HVU
>>180

ちょい補足。
だって依然として戦争の危険性はある。
それに人間の関与を必要としない具体的な戦闘兵器は生み出されていないでしょ。
そんな中で国防の放棄など自殺行為でしょ。そんなこと言ってんの
ドキュソ政党だけでしょ。

182 :177:2001/07/09(月) 01:07 ID:RLmySmbQ
>>181
>それに人間の関与を必要としない具体的な戦闘兵器は生み出されていな
いでしょ。
 もう、生み出されてるよ(藁

>そんな中で国防の放棄など自殺行為でしょ
 国防の放棄は自殺行為だよ。だけど、フランス革命の頃ならいざしらず、
 近代兵器の中で戦争を行う現代、一般市民がどんな役にたつの?
 国防が国民の義務であるという議論が、どんな意義があるんだ?

というか、このスレ、国のために死ねますかPart3になってる気が(藁

183 :名無しかましてよかですか?:2001/07/09(月) 01:19 ID:615K6ftE
>>182

ミサイルのボタンを押すのは人間だよ(藁 ちなみに。
関与必要だよね。何処に打つか決定するのも人間。
俺が言ってるのは関与を完全否定した兵器。

幾ばくかの犠牲を払わなくちゃ逝けないだろ?戦争になったら。それも国防だよ。
それから地上での制圧を考えてる?ミサイル打ってはいそれまでって訳には行かないんだよ(w

公と国防が絡んじゃったからね(笑しょうがない。

184 :129:2001/07/09(月) 01:24 ID:xpEevbWY
>>175
 もちろん「おまわりさん」(現場で働く警察官)は、死を引き受ける義務がある。
 しかし、その義務の根拠は、彼らが国民であることにあるのではなく、死ぬ危険性が高い仕事に自ら従事したことにある。アブない目をした刃物男が子供を襲っている時、おまわりさんが現場から逃げるのは許されないけれども、タダの人なら逃げてもよい。
 もっとも、漏れは子供を助けるつもりだけどね。しかしそれは<個>としての義務というより、良心とか、家族が漏れの墓参りをしてくれるだろうという信頼とか、誇りとかを動機とした自発的な行動と言った方が正しいと思う。

185 :129:2001/07/09(月) 01:25 ID:xpEevbWY
>>184の続き
 以上要するに、「死」を受け入れることを<個>の当然の義務としなくても、
 (1)おまわりさんのなり手がいなくなると“直ちに”言うことはできないし、
 (2)おまわりさんの敵前逃亡を認容することにもならない。
 ……という感じで>>175の疑問に答えられそうなんだが。どうよ?

186 :177:2001/07/09(月) 01:49 ID:RLmySmbQ
>ミサイル打ってはいそれまでって訳には行かないんだよ(w

 湾岸戦争はミサイル打ってそれまでだったよ。(藁
 北朝鮮はわからないがな(藁
 ま、これからの国民国家間の戦争は湾岸戦争タイプとなるだろうね。

>幾ばくかの犠牲を払わなくちゃ逝けないだろ?戦争になったら。それも国防だよ

 犠牲を払わなくちゃならないことは国防ではないだろ。
 国防とはもっと積極的な行為だよ。
 現代国家における最大の国防は第1に外交だよ。第2に軍備の整備だ。
 つまり、一般市民における国防の義務とは選挙に行ったり、税金を払
 ったりすることだよ。それ以上は現実には無理だね。

187 :名無しかましてよかですか?:2001/07/09(月) 02:09 ID:xcdM1pc.
>>184−185

君の言う国防がやっとわかった。
つまり死ぬ危険性の高い場所へは
義務としてではなく主体としての選択を尊重しろということ?

ではそれを受けてもう一つ質問。
この主体的な判断を保障するものは国家だよね。
職業選択の自由というものね。その権利を保障している国家の危機は
誰が守るんだ?国民ではないのか?
国家からの権利を受けている時点で義務が発生するとは考えないの?
少なくとも国民国家とはそういう物。
平和に暮らせるという事はア・プリオリではなく何がしかの
カウンターパワーが存在しているんだよ。国防ね。日本でいえば安保

ちなみに俺が考えているのは警察官も契約による死の受容
国家国民間も契約による死の受容。って訳。後者の契約は
積極的に否定しなければ存在してしまうものというだけ。

188 :名無しかましてよかですか?:2001/07/09(月) 02:19 ID:ZvOLr6pc
>>186

本気で言ってる?
石油プラントを守るため地上部隊が動員されたこと知らないの?
つーか爆撃だけで戦争が終わると考えているのはDQNだよ。
その後の治安維持とかね。安全じゃないだろ?治安が安定するまでは。
湾岸戦争でも地上部隊投入されたよ。大規模じゃなかったけどね。
知らないことは喋らないほうが良いぞ。恥かくだけだから。

戦争時に空港や道路を優先的に軍が使用する事もあるんだぞ。
安保改定でもそう言うこと議論されてただロ?
この国民が払う犠牲(コスト)は国防に関係しないのか?
ていうかここまで考えてたのか?
軍備の整備にはハードだけじゃなく危機管理というソフトも当然含まれるぞ。

189 :名無しかましてよかですか?:2001/07/09(月) 03:37 ID:USfM59dM

結局、死ぬことは義務ではないんだろう?
義務を遂行する過程で死の危険はあっても、
義務自体が死を前提とすることはありえない。

ここまではOK?

190 :177:2001/07/09(月) 04:13 ID:RLmySmbQ
>>188
なるほど、訂正しよう。
湾岸戦争は、ミサイルでほとんど終わった戦争で、地上部隊は
治安維持のため使われただけだった。(藁)
これで、いいかい?
それから、国防に払うコストを考えてるから税金や政治への関心
は国民の義務だといってるよ。
 国家のもつ暴力が、国民全体がもつ暴力をそれほど必要としない
現代、具体的にどのようなものを君は、国防を国民の義務として考
えてるのか教えてくれ。
 また、民主主義は相対主義でしかありえない。
戦争状態となったとき、戦争を反対した少数派の人々を君はどのように
国家のため戦ってくれと説得するのか教えてくれ。

191 : :2001/07/09(月) 05:30 ID:xW0.RVsA
72 名前:現役工房 投稿日:2001/07/09(月) 04:08 ID:OPy1Wbc.
http://aqua.dmm.co.jp/phpdmm/m/mdc018/mdc018jp-4.jpg
今年の修学旅行です。

192 :129:2001/07/09(月) 05:36 ID:z0xRExS2
>>187
>国家からの権利を受けている時点で義務が発生するとは考えないの?

 <その履行に死を伴う(可能性の高い)義務>と<それ以外の義務>は別物。なぜ別物とすべきかは既述[>>129]。<それ以外の義務>の発生については異議なし。<履行に死を伴う義務>が発生する根拠を示して欲しい。

>義務としてではなく主体としての選択を尊重しろということ?

 そういうこと。「主体として」というあたりがちょっとひっかかるけどね。
 鉄砲持って戦場へ行くかどうかの選択は自由とすべき。国家がやるべきことは、<個>が「命がけで守りたいぜぃ」な気分になるように仕向けること。別にまやかしでもいい(藁)。

193 :129:2001/07/09(月) 05:37 ID:z0xRExS2
>>192の続き
>警察官も契約による死の受容国家国民間も契約による死の受容。って訳。後者の契約は
積極的に否定しなければ存在してしまうものというだけ。

 警察官の契約と「国家国民間の契約」は同じではない。
 警察官の契約は、一般的な意味での<契約>である。これが表意者(=警察官)を拘束するのは、「表意者に意思があること」または「意思ありと相手方が誤信したことにつき帰責性があること」にその根拠がおかれる。
 一方、あなたによれば国家国民間の契約はデフォルトで存在してしまうという。そうすると、一般的な意味での<契約>の拘束力を正当化する根拠は、この契約については妥当しない。さて、勝手に存在してしまう契約が、なぜ拘束力を有するのか。ご教示願いたい。

194 :176:2001/07/09(月) 09:27 ID:OLqDn5LQ
>>179
>良心的忌兵についてもう少し勉強してネ。
>馬鹿なのか?それとも単なる煽りか?

自問自答は良いことだ。たまには自分を見つめ直しなさいネ。
ちなみ私の見立てでは君は「馬鹿」の範疇に属するな。

195 :1:2001/07/09(月) 10:52 ID:g7.GeKtk
>>
しかし日本の「防衛」に関わる自衛隊員のステータスはなさすぎる(笑
国民皆兵にせよとは言わんから、せめて彼らにまともな「愛国心」の
教育と誇りを(笑ピースボードなんか自衛隊の敷地を刑務所と勘違いし
てるぞ(笑「死刑反対」の代わりに「反戦平和」のプラカードあげてる
市民団体はなんとかならんか?日本が戦争になったら、日本の自衛隊
ほんとに真っ先に逃げそうやぞ。そうなっても文句言えんな(笑

196 :名無しかましてよかですか?:2001/07/09(月) 14:29 ID:hPQS7ABk
>>190

兵士常駐に至るまでの経緯を爆撃だけで済むものと考えてるのか?
お前もう少し頭使え。何故依然として陸軍がありつづけるんだ?
税金以外のコストを俺は挙げたぞ。まずそれについて思考しろ。

197 :名無しかましてよかですか?:2001/07/09(月) 15:06 ID:fAqgCHOM
>>192

><履行に死を伴う義務>が発生する根拠

義務を強制というが、その義務は権利との間での平衡を保つためのものであり
権利に得ることは義務を支払うことで成り立つ。
この仕組みのコンセンサスは得ているよね。
そうすると平和の対価としての国防という義務としか言いようがないと思うのだが。

>>193

法律はかってに存在する国家との契約だが何故拘束力を有するのだ?
国家の成員という契約関係においてその有効性が見られるんだよね。
安全の対価としての法の遵守という義務だよね。
君の理屈でいくと法律など引いては国家は瓦解するぞ。

契約という言葉を誤解が与えるような形で使ってしまったようだ。スマそ。

198 :名無しかましてよかですか?:2001/07/09(月) 15:09 ID:gJdcTpsk

>>192の後半部は同感(藁

ただ国民国家の仕組みとして平和を維持するためには
国民が対価を支払わなければならないのは必須。つまり義務としての国防ね。
この仕組みはわかってるんでしょ?
「平和の対価としての国防」が死を纏うという事が納得いかないんだよね。
平和のための国民の死がどうバランスがとれていないのか?
またそれに代わるシステムは?ここら辺の意見希望。

199 :犬神家:2001/07/09(月) 19:42 ID:631Ov8FY
まず家族を血祭りにあげて財宝を我が物にしてくれる。

200 :名無しかましてよかですか?:2001/07/09(月) 22:00 ID:6XLqCIng
>>196
>兵士常駐に至るまでの経緯を爆撃だけで済むものと考えてるのか?

だっから、すましたっていってんじゃん。
空軍や海軍だけがミサイルうつわけじゃないだろ?いつの時代の話だそれ。

>税金以外のコストを俺は挙げたぞ。

だから、具体的にいえって。具体的には君は、「戦争時に空港や道路を優
先的に軍が使用する事もあるんだぞ」しかいってないぞ(藁
国民が行う国防の義務はこんなものか?
一般市民が、戦う事を前提としているのか、いないのか?
また、戦う事を前提とするなら、ミサイルが飛び交う中
どうやって戦うのか?
はやく、教えてくれよ。

201 :右翼学者:2001/07/09(月) 23:27 ID:yKtkygSA
国防の義務かね?

それは国防が合理的かつ効率的に遂行されるのに協力することだ。
それは税金であるし、人員、土地の提供であるし、
たとえば、「戦争時に空港や道路を優
先的に軍が使用する事もあるんだぞ」であろう。

>一般市民が、戦う事を前提としているのか、いないのか?
基本的にそんなものを想定するのは、
軍が崩壊して以後のことであろうから、
もしそうなれば一般市民にも戦って貰う必要があるだろう。
だが、その場合は既に圧倒的に負けていると想定されるので、
>ミサイルが飛び交う中どうやって戦うのか?
虐殺されないための自衛武力という位置付けでしかありえないな。

ミサイルを撃ち込まれたら死ぬだけだ。
というか「そういう状況」にさせないために国防を行うのだし、
そのための協力が義務だ。

202 :右翼学者:2001/07/09(月) 23:29 ID:yKtkygSA
断言するが、一般市民を戦闘に動員するなんて状態は、
「負けました」と自白していることだ。
つまり、軍が国防を放棄し、国家は崩壊し、
あとは各自の自助努力にゆだねる、と言うことになる。
つまり万が一負けた場合の最終手段だ。

以上横レス。

203 :名無しかましてよかですか?:2001/07/10(火) 00:15 ID:acxEASRw
>>200

軍隊の成員は当然国民。君誤解しそうだから(藁
ミサイル撃った後敵国を制圧するのは誰?
君はミサイルが国内を制圧してくれると考えているの?
つーかミサイルは敵国の軍事拠点を叩くの。無差別に撃ちこむわけじゃないの。
その後に地上部隊投入。そんなの当たり前のことだろ。
湾岸戦争もこの流れで行われた。お前一体何見てたんだ。

国民のコストは右翼学者さんの言及してる通り。

204 :名無しかましてよかですか?:2001/07/10(火) 00:59 ID:2UsBtyCo
つーか「公の範囲」の話はもう終わったの?結論は?

205 :予備:2001/07/10(火) 01:05 ID:erNtwUE.
age

206 :200:2001/07/10(火) 01:33 ID:T5a5ub9g
>>201
 横レスありがたいっす。
 このままでは湾岸戦争で、議論が終わりそうだったで(藁

>>203
 湾岸戦争は<ミサイルは敵国の軍事拠点を叩くの>で勝負が決
 まったことがいいたいのだが何故君は理解できないんだ。(汗

 右翼学者さんと同じ?。
 ある程度犠牲を伴うコストはあんなもんでよいわけだ。
 じゃあ、<履行に死を伴う義務>=国防の義務とは考えないん
 だね。つまり、<履行に死を伴う義務>は国民の意志でよいと。
 じゃあ、同じ意見だね。はやくそれをいえよ。

207 :129:2001/07/10(火) 02:09 ID:ji58NB66
>>198
 <履行に死を伴う義務>と<それ以外の義務>を峻別すること[>>129>>152]自体については反論がない。したがって、あなたの主張は、

(1)<履行に死を伴う義務>を<個>に課すことは、国家規模の<公>の目的と矛盾する。
(2)しかし、国家を維持するためには、その矛盾を放置して<履行に死を伴う義務>を課するも止むを得ない。

 というものと考えられる。

208 :129:2001/07/10(火) 02:10 ID:ji58NB66
>>207の続き。
 そうすると、>>198の言う

>国民が対価を支払わなければならないのは必須。つまり義務としての国防ね。

 は、「鉄砲持って戦場へ赴くことを義務化しなければ、国防は実現できない」という主張と考えられる。これは(2)の根拠となる。
 しかし、>>185に述べた通り、これを義務化しなかったからといって国防が実現できなくなるとは直ちには言えない。
 以上により、>>198の主張には理由がない。と、漏れは思ふ。

209 :129:2001/07/10(火) 02:13 ID:ji58NB66
>>197
>法律はかってに存在する国家との契約だが何故拘束力を有するのだ?

法律の拘束力は否定しない。ただ、法律が人を拘束する根拠を、一般的な意味での<契約>に求めることはできないわな。漏れが指摘したかったのは、「警察官の契約」と「国家国民間の契約」を同じく語るのは不適切だということ。
私見は、「国家国民間の契約」なるものの正当化根拠は、結局、<公>の正当化根拠と同じだと考える。そうすると、「<個>が死の受容義務を負うのはなぜか」という問いに「国家国民間の契約があるから」[>>187]と答えることはできない。「お前はコヴァだ。なぜならお前はコヴァだからだ」が証明ではないのと同じ。

210 :名無しかましてよかですか?:2001/07/10(火) 02:40 ID:GvU.DgX6
>>208

>国防が実現できなくなるとは直ちには言えない

何をもってこう言えるんだ?現在では確かにこう言えるだろ。
ただ国防というシステムの話だよ。もう少し根本的なところから考えて欲しい。
より過酷な状況を想定してるの?
全面戦争下ではどうするんだ?技術の進歩によって起こりにくいのは承知の上でね。
多くの国民を兵士にしなければ国防が立ち行かない状況でもこうのたまうのかい?
>>207の@A指摘の通りなのだが上に挙げた状況を想定しているのか?

211 :名無しかましてよかですか?:2001/07/10(火) 03:02 ID:OC4ysjng
>「警察官の契約」と「国家国民間の契約」を同じく語るのは不適切だということ。

スマそ。訂正したのにまた使ってた。
後者の契約の意は義務と権利に通じた国家と国民の関係だな。
確かに契約の自由原則から外れてる以上契約という言葉はふさわしくないな。

>、「国家国民間の契約」なるものの正当化根拠は、結局、<公>の正当化根拠と同じだと考える。

その通り。なんだけど、「法」も{<公>の正当化根拠}に
拠るものである以上その拘束力はなくなるよね。
となると法により規定される多くの関係は無根拠のものとなる。

212 :名無しかましてよかですか?:2001/07/10(火) 03:11 ID:DoTpsAZg
>>211続き

結局君が国防という義務を否定する根拠はその結果として「死」が
否定し得ないものとして存在していて、それが権利との間で齟齬を
おこしていると言うものだろ?
>>207のAのような事は許容できないということだよね。
しかしこの矛盾が現前のものとなったときに君はどう考えるんだ?
義務と権利の二者択一。みそは権利を選んだ時点で全ての権利を
失いかねないというパラドキシカルなところ(藁
かような状況では無政府主義者でもない限り
義務を選ばざるを得ないであろうと俺は思うのだが。

213 :名無しかましてよかですか?:2001/07/10(火) 03:40 ID:2qRJUES2
>>212の続き

平和の中で暮らすという権利を放擲することでしか国防という
義務を逃れることは出来ないでしょ。
国防は権利と義務の関係からは当たり前のように出てくる概念でしょ。
ただ他の義務よりも死ぬ可能性が高いという話。
なにも必ず死ぬことを前提にしたものではない。
ここら辺(権利への侵害の程度)他の義務との兼ね合いという点でどう捉えてるの?

なんか義務を誤解して捉えているような気がする>129
国家という暴力装置によって無理やりに与えられるものとか考えてない?
それはないか(藁
国民国家はその主権者たる成員の合意のもとに成り立ってんだよ。
つまり権利が保障される以上そのネガとして義務は存在するんだよ。
でこの体系が国民国家って言われるものだよ。俺はこの「体系」を
「契約」としていた(藁

214 :名無しかましてよかですか?:2001/07/10(火) 03:52 ID:PaHx1mJY
>>212続き

君は個の主体性に言及してたけど、上の図式(後半部)のもとに
国民は主体性を発揮できてると思わないかね。
国民の決定により権利と義務の関係は成り立っているんだよ。
政治に参加することができ、法律に於いてさえ
正統性を疑問に思うならば裁判所に訴えることができる。
このようなシステムを持って義務に国民の主体性が反映されているとは考えられない?
それでもいやなら国籍放棄も出来るしね(w

ってことでおやすみなさい。

215 :129:2001/07/10(火) 19:26 ID:pVh/Frjw
>>211
>>207のAのような事は許容できないということだよね。 [>>212]

 どういう読み方をすればそう解釈できるのであろうか。謎である。
 どんな場合に、どんな「特別の理由」が認められるかが問題となっている。

>>君が国防という義務を否定する根拠は[>>212

 これは論点を見誤っているか、そうでなければ過剰な一般化である。漏れは国防という義務は否定していないし、問題にもしていない[>>171]。

216 :129:2001/07/10(火) 19:29 ID:pVh/Frjw
>>215の補足。
 原則として、<履行に死を伴う義務>は<個>の義務たり得ないが、特別の理由があれば義務となり得る。と、漏れは考えている。

>>210
>何をもってこう言えるんだ?

 >>184>>185に述べた。
 (1)義務化しなければ“直ちに”国防を実現できなくなる場合とは、どのような場合かを述べた上で、(2)右状況下において、“当該”国家を維持させなければならない理由をご教示いただきたい。

217 :176:2001/07/10(火) 22:07 ID:4sYlnh2Y
>>179はどうやら議論を放棄してダンマリを決めることで良心的兵役拒否について
の議論から逃亡したいみたいだから明言しておくね。

良心的兵役拒否はあくまで個人の内面の自由の権利に対する
国家の譲歩が制度化したものです。

ちなみに>>179の反論は下品な煽りの枕に使うために書きなぐったもので
反論に値しないけど、一応個々の文章に対するツッコミだけはしておくね。

218 :176:2001/07/10(火) 22:09 ID:4sYlnh2Y
>>217のつづき

>徴兵を逃れた人間も徴兵の対価としてのボランティアをしてるんだよ。
>それから審査の結果忌兵の権利が与えられることもお忘れなく。
あくまで「譲歩の結果」としてね。それらの国で徴兵制の廃止が
議論の俎上にあがっていることもお忘れなく。

>君の言う偽善的なものが良心的忌兵の理由なら何故軍隊はなくなっていないんだい?
徴兵制がなくなれば軍隊がなくなるのか?
志願制だけで軍隊が成り立っている国もあるんだよ。

>一人っ子の忌兵が見とめられる理由。
>大学生の徴兵免除。
これはあくまで徴兵政策上の技術的な問題。だいたいこういった制度は
1873年に徴兵令が施行された時からあるんだけど。

219 :176:2001/07/10(火) 22:10 ID:4sYlnh2Y
>>218のつづき

>宗教的忌兵。
>神が国家の成立要素に少なからず寄与しているから。
意味不明。

>第二次世界大戦のように大規模な闘いとなれば上記の拠って立つ
>国家というものが瓦解の危機にさらされているということだから
>文字どうり総力戦となるのは少し考えればわかるだろ。
ドイツは文字どおり瓦解したが、日本は広義の意味で国体を維持できた。
NATOの言い分を受け入れたミロシェビッチは空爆後もしばらく
政権を維持できた。ユーゴ自体は徹底的に壊滅とまではいかなかった。
「総力戦」という概念がいかにいい加減なものか少しは考えなさい。

220 :名無しかましてよかですか?:2001/07/11(水) 05:21 ID:NFKsdfk.
>>215

>どういう読み方をすればそう解釈できるのであろうか。謎である。

だって君は国防という義務において権利との間で齟齬を起こしていると考えてるんでしょ。
此方としてはそれが許容されていないのだろうと考えるのが普通ではないか?
国防の内の死を伴う行為を否定してんでしょ。そこでのやりとりと受け取っていたが・・・

221 :名無しかましてよかですか?:2001/07/11(水) 05:38 ID:A6YKpT66
>>216

(1)義務化しなければ“直ちに”国防を実現できなくなる場合とは、どのような場合かを述べた上で、
(2)右状況下において、“当該”国家を維持させなければならない理由

 @韓国やイスラエルのように戦争の勃発可能性が相対的に見て高い
 地域にある国家ではそれに備える意味で徴兵制が維持されている。
 いつ国民が兵士に代わらざるを得ない状況が来るかわからないからである。

「直ちに」という言葉は不適切でしょ。
 例えば今韓国で徴兵制を止めるとする。直ちに悪影響は出ないね。
 しかし戦争がいざ起きればその影響は顕在化するよね。
 危機管理はそれが起きたときに対処することも重要だが
 それ以上にリスクヘッジのほうが重要だからね。
 

222 :名無しかましてよかですか?:2001/07/11(水) 06:01 ID:1AiXnKeM
>>221続き

Aこの理由は主権者たる国民に委ねられるもの。
国家の内にあって権利(法概念としての)が保証されている。
国家が維持されないということは権利(同上)も失うということに他ならない。
であるから国家を維持させるのか否かという問題は
死を伴う義務を受け入れることで権利を守るのか、
それともその義務を放棄することで権利を失うのかという
2項対立上での選択の問題となる。

で俺は前者を選ぶ。と言ふこと。

「義務を放棄することで権利を失う」

語義の上でも権利と義務は表裏の関係だよね。
それを意味するのと同時に実際に義務の放棄によって被侵略国になってしまったとする。
このときに権利が幾ばくかはあるかもしれないが
十分保障されないものとなるということね。一応説明してみた(藁

223 :右翼学者:2001/07/11(水) 07:59 ID:JV3r//UY
>>216
> 原則として、<履行に死を伴う義務>は<個>の義務たり得ないが、
>特別の理由があれば義務となり得る。と、漏れは考えている。

国防の義務を履行させると、
国民は自動的に死ぬのかね?(笑)
すごい悪疫だな。

平和時であっても今現在キミも自衛隊員も国防の義務を履行中なんだが。

224 :129:2001/07/11(水) 18:31 ID:cfVbzAKI
>>223
>国防の義務を履行させると、国民は自動的に死ぬのかね?(笑)

 ハァ? どこにそんなことを書いた?
 「平和時であっても今現在キミも自衛隊員も国防の義務を履行中」と同旨のことを>>171に書いたんだが。
 原発言に171番発言へのリファレンスまでつけたんだけど、あなたは読まなかったの?
 それは「学者」の読み方ではないよ(爆)。

225 :129:2001/07/11(水) 18:32 ID:cfVbzAKI
>>220
>国防の内の死を伴う行為を否定してんでしょ。

 死を伴う行為は、<個>であるというだけで当然に生じる義務たり得ない、とは言った[>>130]。しかし、なぜそれが国防の全部を否定[>>212]することになるの?

>語義の上でも権利と義務は表裏の関係だよね。

 そりゃそうなんだが、権利・義務にも色々あるでしょ。
 たとえば、「国旗を焼く」ということが非難され得るのは、「国際紛争がない」という意味での平和状態と表裏を為す義務に反したから。これは、平和状態という利益の対価として、紛争の原因を成す行為をしないという義務に服するから。(・・・続く)

226 :129:2001/07/11(水) 18:33 ID:cfVbzAKI
>>225の続き
 しかし、<履行に死を伴う義務>は専ら生き残る者の利益を守るためのものでしょ? そうなると、権利と表裏の関係にあるような義務とは言えないんじゃないの?
 ……ということを漏れは>>129>>152に書いたし、他発言からも指摘されている。これに答えて欲しいんだけど、なぜ「権利と義務は表裏の関係」とか、誰も問題にしていないようなことしか言わないの?

227 :1:2001/07/11(水) 19:28 ID:QJqDYn8k
すまん、書き込む余裕ない。読んでるから好きにしといてこのスレ(笑

228 :右翼学者:2001/07/11(水) 23:18 ID:WP5yBBVQ
ああ、すまない。
どうやら読んでるうちに混乱してしまったようだ(笑)

一体誰にレスしたかったのだろうか・・・

とりあえず言いたいことは、
「前線に立っても全員が死ぬわけではないので、
(履行に必ず死がともなうわけではない)ぞ」

命が非常に危ない状況に置かれるとはいえるが、
100%死ぬような状況にしないために、
正面装備を揃えて、衛生班を組織して、
戦時医療を充実させるのであるから。

229 :有政府主義者:2001/07/11(水) 23:33 ID:rBSYsAqg
「国のために命を捧げる」という理念と「戦争での死」という現実との
乖離の問題だね。先の大戦で体験した戦争の体験は「国家の目的のために
命をささげる行為」に対して国家が意外と冷淡であることを国民は身体で
知ったわけだ。(GHQの洗脳と見られる方もいらっしゃるようだが)

右翼学者氏のいう理屈はもっともかもしれないが、最早感情面での
説得力はなくなっているんでないかな。

230 :右翼学者:2001/07/11(水) 23:45 ID:WP5yBBVQ
>「国のために命を捧げる」という理念

理念なのだから、
戦争で死ぬ覚悟を付ける。
というのと
戦争で死ぬ。
のは区別すべきだと思うが。

あと戦争になったら、
国民は全員死に直面せざるを得なくなる。
戦争に賛成だろうが反対だろうが、
前線にいようが後方にいようが関係ない。

徴兵拒否して後方にいたって、
戦略爆撃やミサイル攻撃や爆弾テロやらで死ぬ可能性は常にあるわけだ。

>国家が意外と冷淡であることを国民は身体で知ったわけだ

退役軍人なんかは恩給を貰いつづけていたし、
死んだらきちんと靖国に祭ってもらえた。
それ以上のきちんとした名誉付与は戦争に負けたからもあるができなかったな。

まぁ「国家の目的のために命をささげる行為」を軍国主義だとして、
戦後転向組の連中がたたきまくったせいもある。

231 :有政府主義者:2001/07/12(木) 00:20 ID:oP41sGb2
>理念なのだから、
>戦争で死ぬ覚悟を付ける。
>というのと
>戦争で死ぬ。
>のは区別すべきだと思うが。

本来はね。しかし、感情としては区別をつけるのは難しいでしょう。
それに死の危険だけでなく最近は「戦犯にされる」という問題もあるし。

>退役軍人なんかは恩給を貰いつづけていたし、
うちのじーさんは陸軍に徴用された船乗りだったんだが、
フィリピンをはじめとして多くの輸送に駆り出されて(もちろん敵機の
飛び交う中を)何度も船を沈められて命を落としかけたそうなんだが、
戦後はなんの保障も見舞いもなし。恩給も無し。
おまけにアメリカ軍が念入りに船を沈めてくれたお陰で戦争が終わった
あとも全然仕事が無かったそうだ。

おかげで俺はじーさんにさんざん愚痴(と、戦場での自慢話)を
聞かされるハメになったんだが。(藁

232 :右翼学者:2001/07/12(木) 00:23 ID:CTw1NIC2
>それに死の危険だけでなく最近は「戦犯にされる」という問題もあるし。

それは防衛戦争には当てはまらないのではないか?
…まぁ防衛戦争であろうがなんであろうが、
戦争に負けたら軍事裁判か…

>おじいさん
軍属じゃあなぁ…

職業軍人なら恩給もらえるんだが。

233 :名無しかましてよかですか?:2001/07/12(木) 00:43 ID:Nr7ctX0c
>>226

><履行に死を伴う義務>は専ら生き残る者の利益を守るためのものでしょ? そうなると、権利と表裏の関係にあるような義務とは言えない

国防の任(<履行に死を伴う義務>)に就くことは
それ以外の人間(生き残る者の利益)のためではないよ。
国民個々が権利と義務のバランスにのる形で自分に適している義務につく(就かされる)ということ。
国防においてもその限り。平和という権利の為に国民は皆国防という義務につく。
効率(適材適所)の結果として危険度の高低が差をもって現れる。

前線に赴くことがすなわち死ではないことは言わずもがなだよね。
当然彼らも「生き残る者」の利益に服するために危険度の高い
義務につくんだよ。

234 :129:2001/07/12(木) 01:13 ID:RcaUSb52
 漏れの不注意で誤解を招いた点があるようなので、補足したいんだが、、、

 漏れは、<その履行に死を伴う(可能性の高い)義務>は<個>が当然に負う義務とはなり得ないと言うのみである。これは、“「死にたくない」と発言することを公共心の欠如と批判する[小林戦争論p349]ことはできない”という程度の意味である[>>129>>130]。
(この点については、異論なしであろうか)。

235 :名無しかましてよかですか?:2001/07/12(木) 01:13 ID:FfGXWhBE
>>225

>国防の全部を否定[>>212]することになるの?

義務は体系化されているが故にその意味を持つ。
「死の危険性の高い義務」が含まれなければそれは国防という義務の
体系を崩すことになる。
で君は「死の危険性の高い義務」を国防から切り離したものを
「国防の義務」としたいのだろ。
それは国防の要素ではあってそれのみで国防という義務の意味を捉えているとは言えない。
だから国防(総体としての義務)の否定といったの。
個々の行為の総体として国防という義務があると考えているからね。
死の可能性を義務よりも高位に位置させるものはすでに一般的な「国防」
という言葉の意味ではなくなっているということ。

236 :129:2001/07/12(木) 01:13 ID:RcaUSb52
 <死を伴う義務>とは何かという点については、これまで主な論点にはしていなかった。
 「前線に赴く義務」が<死を伴う義務>に該当するかどうかは、>>228>>233が指摘するように、抽象的に判断することはできないのかもしれない。この点で、>>192の例は不適切だったように思ふ。ゴメソ。いや、鉄砲持って戦場へ行くのはほとんど自殺ですがな(笑)。

>>228
 了解。大丈夫。「HNを『右翼学生』にしろ」などとは言わないよ(爆)。

237 :有政府主義者:2001/07/12(木) 01:13 ID:oP41sGb2
>>232
>それは防衛戦争には当てはまらないのではないか?
そうですね。ちょっと不適切でしたね。
でも軍役につけば軍務は選べないわけで。

ドイツ統一後にベルリンの壁の警備をしていた元東ドイツの兵士が
亡命者を銃撃した廉で裁判にかけられていたけど、これってよく考えたら
ムチャクチャだよね?しかし現実問題として裁判は行われ判決が下された。
ユーゴ紛争でも交戦中なのに捕虜が戦犯として裁かれたりしている。

結局のところ国家の命令に価値判断無しで従うこと自体が罪とされる
可能性が出てきている以上(良い悪いは別にして)国家に命令される側
としてはそれなりにうまく立ち回る権利があるんではないかな。
国家としては、それをおおぴっらに認める訳には行かないだろうけど、
「国家の構成員たる国民」が他の「国家の構成員たる国民」のそういった
(例えば徴兵忌避のような)行動を倫理的に非難できなくなってくると思う。

238 :名無しかましてよかですか?:2001/07/12(木) 01:16 ID:CEzgPqWc
>>235

つまり俺の国防という言葉の使い方をとやかくするのはお門違い。
個々の国防における具体行動への否定ではなく「パッケ-ジされた国防という義務」の否定
という意味なの。


239 :名無しかましてよかですか?:2001/07/12(木) 01:16 ID:h9cs1rn.
>>233
129氏がこだわっている点はその点ではないと思うよ。
国民の中に<履行に死を伴う行為>拒否する人がいたとき、>>214氏のいうように
国籍放棄しなければならないのか。そのような国家が、国民国家といえるのかどう
かという点だと思うね。

240 :239:2001/07/12(木) 01:22 ID:h9cs1rn.
リロード忘れてるうちに、議論が進んじゃってるよ。

241 :129の相手:2001/07/12(木) 01:23 ID:LVV.GTck
スマソ>129

レス見てなかった>>234>>236

自殺ではなく俺は他殺と捕らえてるから肯定的なのかも(藁
自分は死なないと思ってる(w

>>239

義務を放棄することは権利も失うこと。
この単純な仕組みが国民国家。

242 :右翼学者:2001/07/12(木) 01:27 ID:CTw1NIC2
>>241

「私は国防の義務を履行するが、
軍役にはつかない」(人格的に不可能)であるというとき、
良心的兵役拒否が認められ、
別の形での奉仕活動が課されるのではないだろうか。

軍に入っているくせに敵前逃亡したら銃殺だが(笑)

243 :名無しかましてよかですか?:2001/07/12(木) 04:22 ID:yuqoCd1E
>>141

確かにそういう形での義務の適用の変更もありうるのだが、
それは国防における役割が変わっただけのこと。適材で説明がつくでしょう。
それに良心的忌兵には適用条件が設けられていると思ったが。
無条件に忌兵が認められているのではない以上やはりそれは例外的な措置と思われる。

244 :1:2001/07/12(木) 11:17 ID:YkjwTDH.
>>242
何回も重ねて聞くけど242は公の範囲や概念をどんな風にとらえてるんだ?
今のところ、一人の人間に公は一つでない、孔子は2人以上の交わりを「礼」
といった、って言う平均も優先順位もない答えしかこのスレで発してない
ないように思うが?242の採用する公の視点は「右翼」でその目的は「共産主義
の破壊」と思えることいってるレスもあったが?どこかに。
 小林が戦争論を書いた理由に「日本人がどの程度公の範囲を意識できるか?」
という問題提起が含まれている。この問題提起に答えられる人間こそが(正しいか別に)
小林の提起した公を批判する資格があると思う。1はそういう人をこのスレ
では歓迎するが242は、まずそこに答えがない。批判や横スレだけでは
聞く耳もてんのだが?

245 :129:2001/07/12(木) 15:03 ID:xAIhHx4s
>>239
 国籍離脱云々までは、いまのところ考えていない。
 漏れの考える<公>の定義[>>115]の帰結として、<個>の義務に違反する行為は違法行為と言ってよい。違法性は非難の必要条件である(十分条件ではない)。したがって、<個>の義務違反は、<公>による刑罰権の発動を正当化し得るし、少なくとも道義的非難の根拠となる。
 一方、義務違反がなければ非難もできない。例えば、兵士が、戦争中に適法な命令に従って敵を殺すことは、違法性がないから非難されない。
 ……という程度の主張です。

246 :129の相手:2001/07/12(木) 21:22 ID:4X78jA8k
>>245

これほぼ同感。
あなたが権利と義務の関係における齟齬に疑問を持ってるだけだったんだと
いまさらながらわかった。勇み足だったようだ(w
サヨかと思ってた(藁

247 :右翼学者:2001/07/12(木) 23:15 ID:tuvuPqXw
>批判や横スレだけでは
>聞く耳もてんのだが?

横スレ×
横レス○

>小林の提起した公を批判する資格があると思う。
私は小林の提起した公を批判なぞしていない(笑)

248 :129:2001/07/13(金) 00:05 ID:VLn2evVo
>>246
>サヨかと思ってた(藁

ヒドイですっ。泣きますっ。
脊髄反射で「サヨ決定〜」するのはやめましょう(藁。

249 :七九六:2001/07/13(金) 01:24 ID:efbLCzck
しかし結局のところ「公の範囲と目的」を考えることの意義というのは
どこら辺にあるのだろうか。
小林が公の範囲を「日本」その公の目的を「国家の安全と秩序」と定義づけたところで、
その先に見えるヴィジョンというのは一体何なんだ?
「ゆえに愛国心を抱きなさい」ということなのか?(笑

250 :右翼学者:2001/07/13(金) 01:25 ID:jw3DlJFo
公共心を日本という公に独占させよう、
という主張になるのではなかろうか>>249

しかしこやつも久しぶりに見たな(笑)

251 :七九六:2001/07/13(金) 01:35 ID:efbLCzck
>>250
>公共心を日本という公に独占させよう、
>という主張になるのではなかろうか

まあそうだろうな。

>しかしこやつも久しぶりに見たな(笑)

君が資本主義としての国家の未来像を示せないから
てっきり議論から撤退したのだと思ってたよ(笑

252 :右翼学者:2001/07/13(金) 01:37 ID:jw3DlJFo
>君が資本主義としての国家の未来像を示せないから
>てっきり議論から撤退したのだと思ってたよ(笑

なんのことだ?

というかキミの議論は「第三の道」を歩んでいる人々に対する侮辱でもあるんだがな。
彼らは見事にエコロジーやフェミニズムなんかを資本主義に取り込んでしまったぞ。

253 :右翼学者:2001/07/13(金) 01:40 ID:jw3DlJFo
だから私の常々述べている、
資本主義の弊害は政策で補完可能であるというのを実際の政治で証明してくれているのだが。

254 :七九六:2001/07/13(金) 01:48 ID:efbLCzck
>資本主義の弊害は政策で補完可能であるというのを実際の政治で証明してくれているのだが。

だから前も言ったがフロンの冷媒は全て回収されたのか?
証明など全くされてないよ。

>彼らは見事にエコロジーやフェミニズムなんかを資本主義に取り込んでしまったぞ。

資本主義に取り込んでどうするんだ(笑
もともと資本主義が存在するから生み出される問題なのに。

255 :名無しかましてよかですか?:2001/07/13(金) 01:50 ID:dYl1Xmf6
ところでどういうのがサヨ認定されるの?

256 :右翼学者:2001/07/13(金) 01:54 ID:jw3DlJFo
>>254
だから解決途上だよ。

全て解決したなんて言ってない。

>資本主義に取り込んでどうするんだ(笑
>もともと資本主義が存在するから生み出される問題なのに。

ん?自動車の排ガスを無害化する触媒は、
自動車に内蔵するものだが?(笑)

資本主義の弊害を緩和する政策を、
資本主義に内蔵しないでどうするんだ(笑)

257 :右翼学者:2001/07/13(金) 01:57 ID:jw3DlJFo
そもそも貴殿の共産主義を導入したって資本主義を代替できないし、
諸問題も解決できないのであろうが。

だったら資本主義でやっていくしかないだろう。
一体なんで反論してくるんだ。

258 :七九六:2001/07/13(金) 02:11 ID:efbLCzck
>>257
>一体なんで反論してくるんだ。

いや別に反論しても君と意見が相容れないことは
わかってんだが、ついつい(笑

>>250に戻るが、公共心を日本という公に独占させよう、
というのはやっぱり個人主義へのアンチテーゼなのか?

259 :右翼学者:2001/07/13(金) 02:21 ID:jw3DlJFo
>>258

個人主義というより、小林の場合まずサヨク思想への無条件の反発があるから、
サヨク思想が国家を軽視するので、
国家を重視しようということだろう。
その意味で「個人主義へのアンチテーゼ」と言うことにもなるのかもしれない。

260 :に〜ちぇ:2001/07/13(金) 02:47 ID:pDNZUq6M
なんか、また論争してる。ちょっとスレ違いの
雰囲気がいましたね。(笑

796氏VS右翼学者さん
このふたりで、ゴー宣板の左右対決できそう。(笑

>>1

公私概念のヒント
国家エゴという言葉と、
国策を考える上での地方の意見との関係を考えてみて。(既出かもね)

公個概念のヒント
個を公に対応させると
個の概念の性質上、公概念の定性を生む(実はいろんな人が関連して述べている)
七九六氏の言葉がまさにそう。

ここから、公私の優先順位の必要性が、そして公個の対応が
何を意味してしまうかってことがある程度わかってくると思う。

261 :に〜ちぇ:2001/07/13(金) 02:47 ID:pDNZUq6M
>>260
訂正
雰囲気が漂いましたね。

262 :25:2001/07/13(金) 09:55 ID:nZWleQ5Q
>>260
すでに個と私の概念の区別をなぜするのかわかりにくいんです。
小林は個人主義に異論を唱える時、日本中に「私が蔓延してるから」と説明します。
中間共同体が社会悪を犯した時、(厚生省なんかいい例ですが)これが起こるのは
少なくとも現代では私的エゴのせいなんじゃないかと言及しています。麻原ショーコー
や安部英が少しでも公益(おそらく中間共同体の利益込み)を考えたならばあんな事件
はふせげただろうと。僕が中間共同体と国家の関係に迷うのは、オウム事件でいえば小林が
テロ行為の責任を中間共同体そのものにかぶせて攻めてるか怪しいと思うからです。逆に
「だまされてた」という元信者に「信じる事を決断した私があるだろう」と中間共同体を
信じる行為そのものは擁護してる節があります。

263 :うえも1:2001/07/13(金) 10:31 ID:Z/2qdxKw
>>続
中間共同体を通じて私と公のバランスをとれっていうのは、少なくとも
公を意識するために中間共同体は必要だという意味だと思います。台湾
では社に対する忠誠心が薄いらしいですが、これに対する不満ものべている。
しかし、国家とどちらに比重がかかっているかは言及していない。

それをいうなら戦争も日本人はさして天皇や国家を意識したわけでないといってます
そこにあったのは地域愛、郷土愛なんだと。

要するに公は「日本」だが中間共同体は不可分という意味での「日本」だと
いってるわけです。小林はそこに優先順位をつける気はないし、そもそもつける
動機がないんだと思います。小林が攻めてるのは個人主義です。ある公に回収される
個ではなく個人主義に回収される個に対するアンチテーゼです。

こう考えると七九六さんのいう個は一定の公に回収された個
1のは中間共同体を私的に利用した個人主義に回収された個
だという結論になりますね

264 :1:2001/07/13(金) 11:12 ID:OqM1zdew
ぶっちゃけみなさん、読んでませんね(笑いや反対してるんだから当然でしょうが。
小林は健全なナショナリズムはパトリオティズムだ説明します。公の範囲は「日本」
ですが、「国家システムのために」なんていっちゃいません。ここからは異論ある
ひと居ると思いますが、小林は「日本」のなかに2人以上の場から郷土、地域から
日本という国土までをこめて公の範囲といってるわけです。

二人以上の場から日本という場。これを公と意識して「場を大事にせよ」「場を想え」
と吠えてます。これがこの国を想う心に集約されてるんですが、どうしても
二人以上<地域<国だと誤読してられるようですな。

戦争になったらいきなり天下国家を憂いて「共産主義撲滅」とばかりにみんな戦え
といってるわけではないということです。身近な場を守るために大きな場を守る。
これは自然な感情でしょ?と主張してるわけです。

265 :有政府主義者:2001/07/13(金) 11:42 ID:VnlbU7u6
>>264
アメリカの映画で「若き勇者たち」という映画を御存知でしょうか?
ある日突然アメリカがソ連に占領されて高校生がゲリラ戦を
行う、という映画です。冒頭のシーンでソ連の空挺部隊が主人公
のいる高校で銃を乱射して生徒を虐殺する爆笑もんのシーンがありますが、
(だいたい、攻撃の尖兵たる降下部隊がなんで田舎の高校を襲う
 のかさっぱりわからん。部隊長は宅○なのか?)
>>264でおっしゃられる公はこの「田舎の高校を襲う敵兵」との
戦いへの動機づけにはなりますが「国権の発動たる戦争」との
距離が大きいと思います。

266 :129:2001/07/13(金) 11:54 ID:kCMqXaJg
>二人以上の場から日本という場。
 ……(略)……
>身近な場を守るために大きな場を守る。
>これは自然な感情でしょ?と主張してるわけです。

 それはおそらく正しい読みだと思うんだが……
 そうすると、何故に<公>の最大範囲が「日本国内」になってしまうのかが不明になるんだ。
 だって、漏れらが直接に把握できる世界って、せいぜい職場・学校・近所くらいのものでしょ。「日本」はマスコミ経由でなければ見られない。政治家の真意なんて、それが「歴史」になるまで評価できない。
 一方、外国と日本とで、規範体系がものすごく違うとも言えない。日本の法律学は独仏英(米)の影響を受けている。逆に、外国には日本のものを参考に作られた法律もある。

 そうすると、もはや<公>の最大範囲を日本に限定するという主張は、難しくなってくるんじゃないか。身近な場を守るために、日本を飛び越えて、世界レベルの場に属するべき場合だってありえることになるんじゃないか。
 ここらへん、合理的に説明できる人いる?

267 :129:2001/07/13(金) 11:57 ID:kCMqXaJg
>>266>>264へ。
書き忘れスマソ。

268 :1:2001/07/13(金) 13:25 ID:B9mnVQbc
>>266
ちょっと129さんのようなレスを期待してました(笑266への返レスと
総括をこめて書こうと思う

なぜあれほど小林が左を攻めるのか気になってたんだけどこのスレで
少し分かった気がする。

つまりポストモダンや左の方の意見だとさしたる理由や目的もなく国以上
の公が成立してしまって、日本の公を踏まえるための「身近な公を守るた
めの大きな場」っていう自然な手順までもが相対化されてしまうからだ。

身近な場を守るための大きな場という日本の公精神はすでに中国や朝鮮では
通用しない。続

269 :1:2001/07/13(金) 13:42 ID:xhBEFjAk
>>続
日本という身近な場をまもるために世界という大きな場を守るべき
っていう主張はその論理こそが実は日本の公精神から発せられていて
ある意味日本独特の思考法だったという(笑これを中国に実践してもらう
にはおそらく戦争しかない(笑政治でやれるならすでにやってるんだろうし
(そしてアジアの公みたいなもんができてるだろう。

つまりなぜ左翼の方が小林を論破し切れないかというと、思考型はどちらも
日本の公精神に起因してるが、左翼のかたは「日本」を逸脱している。

日本の論理なのに日本を逸脱している。これは何を意味するかって言うと
必ずどこかでこの中途半端な左思考は他国とぶつかると思う。まだ続

270 :1:2001/07/13(金) 14:10 ID:Cy3esBvw
。。続
はっきりいって世界標準の左は身近な場を守るための大きな場なんて
生易しい事はいわない。論理が矛盾すれば一気に世界の「公」のために
暴力革命へと飛躍する。

小林がなぜ合えてそのような日本の公精神をいまさら訴えたか?
戦後大半の日本人が日本の左翼の論理、つまり日本の独自の思考法と
上のような極端な飛躍を手段として持つ左思想を並存した形で
持たざるを得なかった。これらの日本のサヨクは世界的にみてマイノリティー
なのに異常に増殖した。今だけ見れば中途半端な左は外交面で有利かもしれない。
しかし、小林が指摘した「身近な公を守るための大きな公」を問われる局面にたてば
つまり日本人としての自然な公精神に中国が異論を唱えてくれば?この
可能性は今の中国見てる限り大だと1は思う。「俺らの目指す公の方が
でかいから、日本の自然な公は却下」129さんが左翼かどうかわからんが
まさにそこを世に問うてるのが小林ってわけ。

271 :名無しかましてよかですか?:2001/07/13(金) 14:17 ID:NoCvrk1M
>暴力革命
そんなバカな。マジ左翼はともかくとして、

小林があれこれいわれるのは、小林の公が国家主義や全体主義と
どう違うのかを、小林自身が説明し切れていないからだろう。

272 :1:2001/07/13(金) 14:32 ID:/QrDGQYo
>>271
あー暴力革命は「論理の飛躍」を強調するためだから(笑いままでの
説明読んでどこが国家主義で全体主義か説明してくれればこたえるけど?

273 :名無しかましてよかですか?:2001/07/13(金) 14:35 ID:NoCvrk1M
>>272
公とうのは常に私より優先するものなのか、とか。
氏ぬのは義務という意見もあったし。

274 :名無しかましてよかですか?:2001/07/13(金) 14:36 ID:9u.oDRbQ
でも「クニ」って範囲ってどんどん大きくなってるよね

275 :1:2001/07/13(金) 14:40 ID:/QrDGQYo
俺が?小林が?文脈がわからんです。2つとも1はいってないっす。

276 :名無しかましてよかですか?:2001/07/13(金) 14:43 ID:NoCvrk1M
>>275
スマソ。はじめのは漏れの疑問。小林は答えてくれてない。
2つ目は誰かがいってた。小林はこれを否定し切れていないと思う。

277 :1:2001/07/13(金) 14:47 ID:nrMNY2V.
>>276
日本が徴兵制敷くほど軍事化しはじめたら、俺も小林も反対はじめる
と思うよ。たぶん。

278 :名無しかましてよかですか?:2001/07/13(金) 14:50 ID:NoCvrk1M
>>277
その反対始めるだろうというのが、小林の場合論理的に導けるわけ
じゃないのがちょっと引っかかる点。

279 :1:2001/07/13(金) 14:58 ID:7fxeD3So
>>278
論理的にかどうか別として小林は軍国主義は反対している。もちろん
日本の戦争は軍国主義でなかったっていうのが前提だけど、反論ありますね(笑

280 :名無しかましてよかですか?:2001/07/13(金) 15:11 ID:NoCvrk1M
>>279
うん。どうも小林は肝心なところをぼかして表層面で批判したり
評価したりしている気がする。だから小林のいう公は理解しづらい。

281 :1:2001/07/13(金) 15:25 ID:y9tyr7A6
>>280
1はそこを突っ込む気になれんのですわ(笑右翼学者氏なら喜んで
答えてくれるかもしれない(笑逃げてるんでなくて、このスレでは
小林が一番言いたがってる「個と公」を言及してるんだよね。小林を
論破する鍵はそこにあると思ってんだよね1は(笑こんなスレつくって
公に対する考えを聞いてたら誰かが論破してくれるかもっていう(笑
少なくともヒントにはなってるからねー。小林の公に代わる何か。
なんでしょうね?(笑

282 :七九六:2001/07/14(土) 02:45 ID:HrD3lz0k
たびたび出てくる「場を守る」というのは何について言ってるんだ?
資本主義的な「私的所有」の保護について言ってるの?
文字通り「土地」という自然を守るという意味で言ってるの?
あるいは現在強く繋がりを感じている大切な人との関係について言ってるのかな?

283 :1:2001/07/14(土) 10:25 ID:NFrjcZHM
>>282
資本主義の日本以内の国土(自分が見える範囲見た範囲)と、その国土上の人的
繋がり(自分の身近な)    (   )内が身近な場。
身近な場とそれを守るための大きな場の違いは、身近な場は具体的だが、「日本」
という大きな場は自分が接してない国土や国土上の人的つながりが含まれる。
「日本」を守るという行為はその分抽象的になるから、そこにはきっかけがいる
(物語でもいいんだけどここは)そのきっかけは日本人の場合もうダイレクトに
昔から「身近な場やその中での人的繋がり」だったていう。

284 :1:2001/07/14(土) 10:48 ID:sivU1/22
ただし小林はイデオロギーを守ったり、共産主義撲滅をねらってるわけじゃ
ない。オウム事件や慰安婦事件で文句つけてきたサヨクに答える形で、戦争論中
国家の秩序と安全のための愛国心を訴えているから、左を封殺してるように
みえるかもしれんがそうではない。むしろ、慰安婦事件でイデオロギー批判くらって
そんなことするのは左の常套手段でくだらないと主張している。戦争論での
左に対する攻撃はひだり封殺ではなく、イデオロギー批判に対する批判だと
考えた方がいいと思う。」

285 ::2001/07/14(土) 10:49 ID:NskIlU.I
>>249>>251>>282

右翼学者氏もたびたび言及しているがあらゆる文物を取りこみうる
資本主義に対して「NAMの掲げる理想」が独自性をもって存立しうる
根拠は?これがなければNAM理論は資本主義を補完する存在にしかなりえないからね。

も一つ他者との関係で見える主体の物語性(構造性)を
資本主義独特のものと考えているようだが、
NAMという組織の構造を前にして主体の実存はいかにして守られるのか?

286 ::2001/07/14(土) 10:58 ID:yysUuDS6
>>285続き

公じゃないぞという御叱りを1から受けるかもしれないが(藁
NAMという運動の他者と主体の関係は
公の定義とそこでの主体の在りかたを考える上で
役だつのではないかと考えている。要らんかったら言ってくれ(w

287 :1:2001/07/14(土) 11:19 ID:MKdsTaA2
>>蜂氏
ちょっと蜂氏に聞いてみたいんだけど、俺の公の範囲って言う聞き方に
異議を唱える人って、だいたい公がイデオロギーだったりする。
実はそれは予想していて、だからあえて、地理的にはきかなかったんだけど
範囲としての表し方はいくらでもありそうだと思わんか?左の人で困るのは
結局共産主義国家をめざしてるわけじゃないところなんだよね。それなら
わかりやすいんだけど。(笑

288 ::2001/07/14(土) 11:38 ID:UG05j/CY
確かに公=国みたいに捉えて国の中に軍国主義などの要素を
見出し批判する人が多いかもね。誰かが言ってたけど公は
他人との関係の中から生まれると思うよ。
そこでの意思疎通を可能とする言葉それに伴う礼儀などの振る舞い方
またはその場(実体を持った場所でも仮想空間でも)とかね。ちょっと考えれば公と言うものは
個(私)からでもなく共通観念からでもなく相互の絡み合いに拠って
生まれるものというのはわかりそうなものだけどね。 

289 :1:2001/07/14(土) 11:56 ID:ZEhB0TCE
>>288
>公というものは個(私)からでもなく共通観念でもなく相互の絡み合い
によって生まれるもの

いやー小林が良い知識人の言葉をみつけて、浮かれてる気分になってしまいました(笑
相互の絡み合いつまり人的つながりとそのための場。これが基本単位で1の場合は
それが「日本」までしか拡大しないだけの話なんですよね。

290 ::2001/07/14(土) 12:10 ID:gdzumgQU
ここで一つ留意しておきたいんだけど
国の中と外ではその濃度が変わると僕は思っている。
つまり言葉なり習俗なりのその国ないし民族固有の共通意思母体は
国家の外で共有されているものではないと云う事。
確かに世界規模でそのような共通観念を持ち「濃密な公」と云うものを
作り上げようとすること、その可能性を否定しないけど
少なくともすごい時間がかかると思う。

291 :訂正:2001/07/14(土) 12:11 ID:gdzumgQU
すごい時間がかかる
    ↓
すごく時間がかかる

292 :1:2001/07/14(土) 13:22 ID:hlwHNfKw
>>290
おそろしい(笑蜂氏と1の考え方は非常に近い気がする。ただ1が知的
に語れんだけで(笑
>民族固有の共有意思母体は国家の外で共有されない
ゆえに身近な公を守るための「国」という大きな公を守る意識
っていうのは、仮に他国にもある公だったとしても、その濃度が
ちがう。なんせ日本ってのはそれだけで「特攻」までやっちゃったし
中国や朝鮮っていうのは身近な公よりも独裁者に対する忠誠を強要
される。

この濃度差を無視して他国に「身近なあなたの国のためにアジアの公」
を作りませんかっていってもなー

国によっては身近な公を意識する余裕のない庶民ばかりの国っていうのが
あるわけで。現に。その時点で「お前の国とは違うんだよ」ってつっぱねられる
のがおちでしょうな。

293 :名無しかましてよかですか?:2001/07/14(土) 17:31 ID:eD2ahggQ
>>268
>身近な場を守るための大きな場

 身近な<公>と大きな<公>とで緊張関係を生じた場合は?
 「世界」「国家」「近所」「オウム」「キミとボク」等々のうち、「国家」を高位に位置させるべき理由は?

>129さんが左翼かどうかわからんが

 いや右も左も、漏れはそういう運動に興味はないよ。
 ハキーリ言っちゃうと、結論にはあまり関心ないのな。「検討した結果、小林独裁政権の樹立が必要だとわかりました」ってことになっても一向に構わない(藁)。問題は、結論に至るプロセス。論証が正しいかどうかって所だけだよ。
 <公と個>論そのものは、道具に過ぎない。価値判断とはあまり関係ないように思う。

294 :1:2001/07/14(土) 21:48 ID:m1ZZmVPE
>>293
国家と中間共同体(オウム団体、会社、地域)の関係は1も気になるところだけど
ゴー宣や戦争論で深く言及してないと思う。もし書いてる箇所があれば知りたいけど
おそらく、小林はそのどちらが大事とは書いてない。バランスをとるべきという言葉
でとどめてる。小林は容易に私に回収される個に対するアンチテーゼとして「個と公」
を戦争論で書いた。その私(個)を相対化するために、公をあえて「国」と表現するけど
そこでは中間共同体をふまえたうえでの話だから、緊張状態という疑問はすなわち
体制の危機ってことになるな。わからない(笑平成維新については考えた事がない(笑

具体的にどんな緊張状態をさすかかいてくれれば、こたえますが?

295 :1:2001/07/15(日) 13:32 ID:8VTBQoa6
>>251.252
上のほうの、七九六氏と右翼学者氏に対する答えを書くと、国家の目的として
「国家の秩序と安全」をとくのはこれからの日本の予想される状況を考えれば
適切だと思わんか?高度経済成長もとっくに終わって、国際関係は以前に増して
ギスギスしかけている。金だけで個人の幸福がみたされるなら、何ゆえ普通の
人間が異常な凶悪犯罪に手を染める理由がある?世界の「公」を何より意識すれば
戦争がなくなるなら何ゆえ世界が視座と認める米が軍備増強に走っている?

それらを見越した上で「資本主義」や「相対的な公」を語っておられるのか?

未来を示すには未来の状況を予想した上で最低限合意ある範囲で目的をしめさねば
意味がない。1の身近な日本人がこれからとるべき公とその公の目的をあなた方
が提案できるなら、それは素直に聞こうといってるわけです。

296 :七九六:2001/07/15(日) 17:40 ID:D1xAatwo
>>283
資本主義下では自然は守られていないではないか(笑
あと自給自足でもしない限り、人と人との関係は日本だけで完結できるわけじゃないよ。

297 :七九六:2001/07/15(日) 17:40 ID:D1xAatwo
>>285
>資本主義に対して「NAMの掲げる理想」が独自性をもって存立しうる根拠は?
倫理的モチベーションだと思うが。

>NAMという組織の構造を前にして主体の実存はいかにして守られるのか?
LETSで言えば最もシンプルな「労働−消費」という形態においてであるといえる。

>>288
>個(私)からでもなく共通観念からでもなく相互の絡み合いに拠って
>生まれるものというのはわかりそうなものだけどね。
そうした相対的な「公」については分かってると思うよ。
でも相対的な「公」からは「公=国家」という概念は出てこないからね。
だから小林はあえて「私」ではなく「個」という語を出してきたと思われる。

298 :1:2001/07/15(日) 18:17 ID:819eNn.2
>>

299 :七九六:2001/07/15(日) 18:18 ID:D1xAatwo
>>295
>それらを見越した上で「資本主義」や「相対的な公」を語っておられるのか?

少なくとも国家について言及するのなら「資本主義」への洞察は欠かせないよ。

>未来を示すには未来の状況を予想した上で最低限合意ある範囲で目的をしめさねば
>意味がない。

「国家」というものが共同幻想であることにみんなが気づき始めている現代において、
それでもなお「国家の秩序と安全」が最低限合意ある範囲での目的などとは思えないのだが。

300 :1:2001/07/15(日) 18:29 ID:819eNn.2
>>296
>>これは俺が大自然を守れっていってるってことですか?七九六さんのいう
人的繋がりだと、地域コミュニティ以外の中間共同体が見えなくなるんですが?

301 :1:2001/07/15(日) 18:35 ID:819eNn.2
>>299
今の日本が完全な「資本主義」かというと疑問ありです。七九六さんは
いまの日本の体制に疑義があるんでしょうか?やはり「自国の安全と秩序」
より「世界の安定」という共同幻想を重視してられるのでは?

302 :1:2001/07/15(日) 18:47 ID:GuvF41vE
後小林のいう個は2種類あります。
容易に私に回収される個
公を宿した個
前者はつまり「個の確立」だとか「個人主義の時代だ」「国より私だ
自分だ」の個
後者は2人以上から日本までの国としての場を想う個
前者つまり容易に私に回収される個に対するアンチテーゼであり
後者を目指せと吠えている。私的個と公的個の区別をせよと。

303 ::2001/07/15(日) 21:03 ID:keBiaYuc
>>297

>>資本主義に対して「NAMの掲げる理想」が独自性をもって存立しうる根拠は?
>倫理的モチベーションだと思うが。

 いや聞きたいのはそういう事ではなくてこの「個人による倫理性」
という物語自体が資本主義の中に組み込まれてしまうという事実からどう逃れるかという事。
現に資本主義は反対意見も内包するかたちで巨大化してきたわけだし。

304 ::2001/07/15(日) 21:23 ID:3Z8GEXLc
>>297

>>NAMという組織の構造を前にして主体の実存はいかにして守られるのか?
>LETSで言えば最もシンプルな「労働−消費」という形態においてであるといえる。

構造主義では自己(主体)は構造の効果(結果)に過ぎないと考えられる。
「労働−消費」という構造下で主体の実存は結果にしか過ぎないものとなるのではないんですか?
そしてこの構造は資本主義のそれと同様だと思うのだが。

>「公=国家」という概念

公=国家ではなくて公の内に国家も含まれるという事だよ。
僕とあなたが対話しているこの場にも公の要素は含まれるが
国家ではない。公によって示されるものの位相が幾多にもわたる。
そこら辺を踏まえた公の相対性ね。
確かに世界規模での公が存在するのは事実だからね。

305 ::2001/07/15(日) 21:36 ID:3Z8GEXLc
>>303補足

柄谷はキルケゴールなどを援用し「個人による倫理性」を
捉えているようだが、キルケゴールでいえば宗教、NAMでいえば
倫理は何によって規定されるんですか?
共同し得るフォーマットを持てなければそれは道徳(倫理)足り得ないですよね。
しかしこの構造を否定するからこそNAMを立ち上げているのであり
ここには大きな矛盾が存在するように思われるのだが。

306 :1:2001/07/16(月) 12:24 ID:wwURGoXY
蜂氏が言うように、かならずしも公=国家ではない。しかし公=国家だと考えなけ
ればならない局面があるんだという話だ。必要になった時、日本人の身近な公を守る
ために国家という大きな公を守る気概のような日本人的倫理観なければ、公=国家と
いう捉え方ができなくなる。日本人がこの気概をなくしたとき、それに代わる公=国家
を踏まえるための何かを日本人が持っているだろうか?

歴史的にみて日本人は宗教やイデオロギーで国家をダイレクトにとらえた経緯は少ない
と思う。

身近な公のために大きな公を守るってこれ、福沢諭吉の「忠君愛国」にかなり近い
んだよね(笑日本武士道を踏まえた考え方を宗教やイデオロギーな代わりに公=国家
を捉えるための手段にしてきた日本人。日本人は宗教やイデオロギーよりも考え方
で勝負する。いいんじゃないの?何が不満なんだ反小林たち(笑

307 :名無しかましてよかですか?:2001/07/16(月) 17:06 ID:9V/A.0KU
あのネ、盗人が盗みはいけないよ。
って言っても誰が信用する・・・・

それと同じコト、公をないがしろにするやつが公は大事だよ・・・
なんていったて・・・・

308 :1:2001/07/16(月) 18:31 ID:F4AgXDng
>>307
307さんてさーこっちは意見を述べてるだけなのに、話を聞いてるだけなのに
「正しさを押し付けられてる」と感じるタイプでしょ?いるなーそういう奴。
正しさを押し付けられてるという主張は空気を封殺しやすいんだよなー
そのやり方で悪党にされた覚えがある人がこのスレにはたくさんいるはず(笑
わかるなーそれいわれた人たちの気持ち(笑1はそれせんからこんなレスに
誰もひるまないように(笑

309 :名無しかましてよかですか?:2001/07/16(月) 18:44 ID:9V/A.0KU
>>308
あのさ〜、わかってる?
小林君の事だよ。


著作権裁判のとき見事に公にのっとった行動を取ったと思うの?

310 :レボリューション21:2001/07/16(月) 18:52 ID:9YyCJ/wQ
>歴史的にみて日本人は宗教やイデオロギーで
>国家をダイレクトにとらえた経緯は少ないと思う。

国家が出来たのは明治。
その際に日本人を国家に回収したのは神道のイデオロギー。
革命後のフランスとは違う。

311 :1:2001/07/16(月) 19:18 ID:/OA8xpsg
>>309
小林ならなおさらでしょうに(笑このスレに対抗してくれよ。著作権は
勝訴したんじゃなかったっけ?小林君は?

312 :1:2001/07/16(月) 19:27 ID:AQMYgo8Q
>>310
そう来ると思ってました(笑神道は宗教だけど、まあ明治時代の天皇制
を宗教やイデオロギーだととらえるなら、そう思うのもやむないかなー
明治時代の日本人ってそんなに天皇崇拝してたの?夏目漱石の本とか読んでると
そんなに天皇うやまってるかこいつら?っ気がしたけど?

313 :レボリューション21:2001/07/16(月) 19:42 ID:9YyCJ/wQ
国家観・帰属意識の話じゃないのか。
とにかく
小熊英二『日本人の境界』 これを読みましょう。

314 :名無しかましてよかですか?:2001/07/16(月) 19:44 ID:9V/A.0KU
尊皇攘夷が明治維新の旗頭になったのを知らないらしい。
1は・・・・

315 :名無しかましてよかですか?:2001/07/16(月) 19:47 ID:iXyWQ0w2
明治時代には琉球やアイヌ、部落、出身地差別の問題が生々しかった。
この問題は「公」と「私」で簡単には片づけられない。

316 :七九六:2001/07/16(月) 20:00 ID:yH6kBodg
>>300
土地(国土)を守るという場合、自然としての土地を守るという意味と
資本としての土地を保護するという意味と二つ考えられる。
君の言う「場を守る」というのはどっちを指しているんだ?

>>301
確かに完全な市場の自生性を唱えるハイエク的な資本主義モデルではないね。
おれは永遠に富を増殖し蓄積していこうとする資本主義そのものに疑義がある。
昨今「グローバリゼーション」や「世界経済」などとよく耳にするが、
胡散臭くてたまらない(笑

317 :七九六:2001/07/16(月) 20:00 ID:yH6kBodg
>>303
それは別のスレにも書いたじゃないか。
労働のボイコットに対しては強制力がはたらくが、
消費のボイコットに対して無理やりモノを消費させるなんてことはできないだろう。
要はイデオロギーによる対抗ではない。

318 :1:2001/07/16(月) 20:08 ID:4zS06BMM
>>314
いやそれは知ってる  なんせ俺の故郷竜馬の生地やぜ(笑いかん
私情報がばれる(笑幕末の話好きで一杯読んだよ。けどねー
攘夷派を神道のイデオロギーだけで動いたと言い切っちゃっていいのか?
そこは疑問あり、しかしそこ追求すると楽しくなりそうなので・・・(笑

319 :1:2001/07/16(月) 20:14 ID:4zS06BMM
>>314
つーか幕末と明治がいっしょになってんじゃん(笑ふと気付いた。

320 :1:2001/07/16(月) 20:36 ID:9pcyyTsE
>>316
うーんその二者択一では小林でも答えられんのでは?いやもちろんどちらも含まれ
る、という意味で。昔でいえば(今もか)農家を例にすればその場をまもるという
ことは、田畑を守り、家を守り、地域コミュニティを守るってことになるわけ
だから、少なくとも農家は身近な場を守ろうとすると、資本も自然も同時に守るという
結果になりませんか?

「グローバリゼーション」「世界経済」がうさんくさい、には同意(笑もっと
言ってやってください。(笑

321 :名無しかましてよかですか?:2001/07/18(水) 18:58 ID:4n7b/Z5Q
>>320
国家資本の運動が田畑や地域コミュニティといった「自然」を破壊する事がある。
足尾銅山を見よ。
国家という「公」も「私」によって動いているに過ぎない。

322 :1:2001/07/18(水) 19:19 ID:Zt5pp542
>>321
アメリカが京都議定書からはずれて、その代替策として植林による二酸化
炭素の吸収や二酸化炭素処理技術の開発を提案してるんだけど、これって
環境保全と経済の発展、両面からのアプローチになるよね。実現されれば。
別に資本主義擁護って立場じゃないけど、国家資本の運動が「自然」を生産
する可能性がないわけじゃない。

私から公としての国家をとらえるべきではないとはいわないけど、公としての国家から
私をとらえることも必要な時があるとは思いませんか?

323 :名無しかましてよかですか?:2001/07/19(木) 19:27 ID:PDN8rrDY
>>322
判っているだろうが「生産された自然」は「自然」とは違う。
「自然」はプラスマイナスの数字で判断できない、非代替性がある。

>公としての国家から私をとらえること
マイノリティーとしてマジョリティーをとらえることがより必要ではないだろうか。

324 :1:2001/07/19(木) 19:39 ID:sV2xVOZM
>>323
京都議定書で問題になってる「自然」は二酸化炭素。植林や処理技術
の開発が成功すれば(まだ計画段階だが)二酸化炭素に限れば上手くいく
でしょう。「生産された自然」と「自然」の違いが、二酸化炭素の量という
数字の問題でないなら、その違いは?非代替性には興味ありますね。
何でしょう?

325 :七九六:2001/07/23(月) 16:51 ID:js/R31NQ
>>320
>資本も自然も同時に守るという結果になりませんか?

ならないよ。
少なくとも工業資本主義へと移行していく歴史的過程を俯瞰すれば、
資本が常に人間と自然とを乖離させてきたと言っても過言ではない。
資本主義はどこまでいっても反自然主義でしかないよ。

>国家資本の運動が「自然」を生産する可能性がないわけじゃない。

ないわけじゃない。
しかしその可能性というのはいったい誰が提示できるんだろうか?
そして可能性の提示にも関わらず地球環境の破壊がより深刻化したとすれば
その責任の所在は?そのとき被害を被るのは一体誰?
などと考えれば自ずと見えてくるべき「公」というものが明らかになりそうなものだが・・・。

326 :1:2001/07/23(月) 18:31 ID:uc/28gz6
>>325
さすがにこのスレ落ちるかと。。。(w

確かに永遠に工業資本主義化すればその弊害がどこまでも人間と自然
を乖離させるかもしれない。しかし、工業資本主義化が永遠に続くとは
思えないし、その弊害に対する対策がいつまでも無視されるとも思いません。
その対策はもちろん世界規模でやれれば、やるべきだし、かといって
アメリカのように国家として弊害対策を打ち出すやり方も悪いとは思えない
わけです。

後半はもう資本主義の失敗を暗示してますな(w
失敗するかもするかもしれない。しかしそれに対する代替策としての
国家体制を成功の可能性を含めて七九六氏に提案できますか?

これは資本主義擁護からの立場でなく、今の日本の不完全な資本主義
擁護という立場からの問いにしますが・・。

327 :七九六:2001/08/01(水) 05:14 ID:Doq1spa.
>>326
>しかしそれに対する代替策としての
>国家体制を成功の可能性を含めて七九六氏に提案できますか?

国家とはつまり資本なんだよ。
「国家」というターム自体は共同幻想に過ぎない。
だから国家体制を成功の可能性という表現にはやや語弊がある。
それはともかくとしても国家=資本に対するヴィジョンが無いわけではない。
これに関しては「国家のために死ねますか」スレでさんざん議論した。
簡単に言うとLETS(Local Exchange Tradeing System)というローカルな
通貨についてである。参照されたし。
http://ton.2ch.net/test/read.cgi?bbs=kova&key=993623350

328 :1:2001/08/01(水) 09:48 ID:fWnOR6Kw
>>327

実は二ーチェ氏のスレは「偏差値高っ」と思いながら、少しずつ読ませて
もらってました。

さいさい七九六氏が出してるLETSっていうのは、ユーロのような
欧州連合の通貨統合のような話とは違うんでしょうか?それをニーチェ氏
のスレで探してたんですが(ひそかに)、簡単に説明もらえんでしょうか?

796氏は体制自体に(つまり、不完全な資本主義を、できれば不完全な
共産主義にしたいとか)疑問があるわけではないんですか?でなければ
確かに語弊があったと思います。

329 :1:2001/08/01(水) 12:17 ID:ULBItkVU
うーん1もそうなると、視点をかえなければ。

要するに「社会システム(体系)」を必死に擁護する事には疑問を感じる
わけです。俺自身としては、資本主義も社会主義もまちがってないといわざるを
えない。どちらも必要だと思うし、今後日本が「資本主義」を維持,向上してゆけるか
も疑問だ。ニューエコノミーに突っ走るか、超社会主義になるかもわからん。

「社会システム」は必要だ。ではそのために今なにを意識すべきかっていわれると
その「社会システム」を成りたたせる基盤、つまり契約や信頼(トラスト)、世間のコネ等
やはり国家の「社会システム」を健全に維持するための、人的つながりやそこから
生じる共有意思(コンセンサス)が必要なのではないでしょうか?

そしてもちろん、日本の資本主義を守ろうとすれば「グローバル」化に対抗するためにも
日本国内の人的つながりやコンセンサスのための「日本」という場が必要になるという
ことは言うまでもないですね。

330 :1:2001/08/01(水) 12:19 ID:ULBItkVU
>>右翼学者氏
右翼学者氏は日本の資本主義体制を守りたいのか、世界の合理的(?)な
資本主義を推進してるのか、聞きたいんだが?

331 :名無しかましてよかですか?:2001/08/06(月) 13:34 ID:omXoGVyY
公=会社や学校では。

332 :名無しかましてよかですか?:2001/08/17(金) 20:17 ID:hDqqpHlo
>>331
あほか?

333 :名無しかましてよかですか?:2001/08/17(金) 20:25 ID:YzKw/wKc
>331
世間。
1集団の共通認識。

334 :名無しかましてよかですか?:2001/08/17(金) 20:33 ID:svG5EugE
公=パブリック

335 :それで結局スレ埋めの範囲と目的は何?:01/10/14 16:45 ID:lLdQtVPm
    スレを埋めに来ました
______ __________
         ∨
   ------------- 、____
  /  ̄ ̄ ̄.// ̄ ̄|| |___/\○ ○
 /     //     .|| |  \\○○○○
[/______. //[ ]    || |    \\○○ ○
.||     |_| ̄ ̄  .|.| |___\\○○○○
.lO|--- |O゜.|______ |.|_|ニニニニニニl.|○○○○
|_∈口∋ ̄_l______l⌒ l.|_____| l⌒l_||  ○○○○
──`--'───`ー'─── `--' `ー' ┐ ○○○○
                         │  ○○○○
                         │   ○○○○
                         │ ミ  ○○ ○○   〃
                         │  ;:○○ ○○; ’〃、、..
                         | ミ ミ\○ ○゙○ ○/ミ
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